タリバン支配のアフガニスタン ある家族の今の暮らし

ナショナルジオグラフィック日本版

アフガニスタン、ファイザバードにある小さな家の窓から外を眺めるハフィザ・オマリさん(71歳)。2019年に住んでいた村をタリバンに制圧されてから、この家に逃れてきた(PHOTOGRAPH BY KIANA HAYERI)

2021年8月、アフガニスタンで20年続いた戦争は終結に近づいていた。タリバンがファイザバードの町にやってきた夜、71歳のハフィザ・オマリさんは眠りにつくことができず、中庭を行ったり来たりしながら、神と対話した。

「戦争があると考えただけで、大きなストレスでした」と、ハフィザさんは言う。「しかも最悪なことに、息子たちが互いに敵となって戦っていたんです」。取材を受けるハフィザさんの周囲を、孫たちが取り囲んでいた。孫は何人かと聞かれると、数えられないと答えた。

ハフィザさんと、最年長の孫であるザビウラーさん。その周囲を、ハフィザさんのほかの孫たちが取り囲む(PHOTOGRAPH BY KIANA HAYERI)

タリバンは2021年8月11日に、ハフィザさんが暮らすファイザバードの町を制圧し、その4日後には首都カブールへ到達した。20年間タリバンを倒すために戦ってきた米国ほか多国籍軍諸国は、あっという間の出来事に衝撃を受けた。

戦争はアフガニスタンを分断させ、兄弟同士を対立させた。ハフィザさんの息子のうち、1人はタリバンに加わり、3人は米国の後ろ盾を受けた政府の兵士として戦った。

ある日、玄関の戸を開けたら息子の遺体が置かれているのではないか――ハフィザさんは何年も前からそんな恐怖と闘ってきたという。米ブラウン大学ワトソン研究所の推定によると、この戦争でアフガニスタンの治安部隊6万4000人以上、反政府軍の兵士5万2000人以上が命を落としたとされている。民間人も4万6000人が死亡し、負傷者も多数。そして多くの難民が生まれた。ハフィザさんは、2人の娘も病気で亡くしている。

自宅の廊下に座るマリアムさん(左の、ピンクのスカーフを着けた女性)と子どもたち(PHOTOGRAPH BY KIANA HAYERI)

タリバンがカブールの大統領府を掌握してから2週間後の2021年8月31日、米軍とNATO(北大西洋条約機構)軍はアフガニスタンを撤退し、米国史上最長の戦争に終止符が打たれた。米国防総省のデータを見ると、米国の死者は兵士と民間人合わせて2400人以上、連合軍兵士も、1100人以上が死亡した。

前線での戦いは1年前に終わったものの、アフガニスタンに平和が訪れたとは言い難い。今も数百万人が食料不足に直面し、特に女性や少女の人権は大きく損なわれた。

敵対した兄弟の再会

ファイザバードにあるハフィザさんの現在の住まいから北東へ車で3時間離れたパラング・ダラー村で、ハフィザさんの6人の子どものうち3人が朝食の準備をしていた。ハフィザさんはこの家で子どもたちを出産したが、戦争中にファイザバードへ移り、今はパラング・ダラー村を訪れることはほとんどない。車酔いするため、「ロバに乗ったほうがいい」と言うが、それではファイザバードからパラング・ダラーまで1日かかってしまう。

この夏、再会を果たした3人の息子たちは、新鮮なクリームとパンの皿を囲んだ。ハミドゥラー・ハミディさんがお茶を入れ、ヌールラー・アンワリさんとラフマヌラー・ナザリさんは、床に置かれたクッションにもたれてくつろぐ。このわずか1年前、3人は戦争によって引き裂かれていた。ハミドゥラーさんは親政府の民兵組織に、ラフマヌラーさんは政府の治安部隊に、そしてヌールラーさんは現在実権を握っているタリバンに属していた。

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タリバン支配下での生活