慢性歯周炎の人、アルツハイマー病発症リスクが1.7倍に
さらに健康長寿面で注目したいのが、老化とともにそのリスクが増す認知症との関係だ。台湾で50歳以上の歯周病患者9291人と健康な1万8672人を10年間追跡した調査では、慢性歯周炎のある人は、ない人と比べてアルツハイマー病の発症リスクが1.7倍に高まっていた[3]。アルツハイマー病で死亡した患者の脳組織からはジンジバリス菌という歯周病菌が検出されたが、正常な人の脳組織では検出されなかったという報告もある[4]。
19年に発表された研究成果によると、アルツハイマー病で死亡した患者の脳組織を調べたところ、ジンジバリス菌が産生する酵素ジンジパインが多く検出され、その量とアルツハイマー病に特徴的なタウたんぱく質量が相関していることが分かった[5](図2)。

「これらの研究成果を受け、現在、米国では脳でジンジパインの働きを阻害する薬の効果を検証する臨床試験が行われている。私もジンジバリス菌がどのように脳に影響を与えるのか、その仕組みを調べているところだ」と天野教授は語る。なお、アルツハイマー病患者の脳だけでなく、動脈硬化によって狭心症や心筋梗塞を起こす「虚血性心疾患患者」の心臓の冠動脈や大腿動脈からもジンジバリス菌が検出されている[6]。
このように歯周病を引き起こす歯周病菌は全身を巡り、病気の発症や重症化に関係しているようだ。「未解明のことも多いが、はっきり言えるのは歯垢をできるだけ減らし、きれいな口を維持しておくことが最良の対策。正しい歯磨き習慣はもちろん、定期的に歯科でクリーニングを受けることをお薦めする」と天野教授。歯磨き時に出血するなど気になる症状があったら放置せずに歯科を受診し、生活の質の維持に直結する口腔の健康を守りたい。
[1]J Periodontol. 2022 Mar 16;10.1002/JPER.21-0624.
[2]Diabetes Res Clin Pract. 2013 Apr;100(1):53-60.
[3]Alzheimers Res Ther. 2017; 9: 56.
[4]J Alzheimers Dis. 2013;36(4):665-77.
[5]Sci Adv. 2019 Jan 23;5(1):eaau3333.
[6]J Oral Microbiol. 2017 Feb 8;9(1):1281562.
(ライター 柳本 操、イラスト 三弓素青)
大阪大学大学院歯学研究科口腔分子免疫制御学講座予防歯科学教授。大阪大歯学部卒。同大予防歯科学助手、米ニューヨーク州立大歯学ポスドク(博士研究員)などを経て、2000年から現職。歯周病菌の分子機構の解明や歯周病菌阻害剤、近未来の口腔ケア用品のためのインテリジェントマテリアル(次世代技術素材)などの開発に取り組む。個々の遺伝子と生活習慣の違いから将来の発病を予測する予測歯科による口腔疾患予防を目指す。