日経クロステック

会社の都合での異動、「よいきっかけをもらった」と考える

本人の希望と異なることは分かっていても、会社として優先度の高いテーマに対応するために人員を配置せざるを得ないこともよくあります。代表的なのが、戦略的に注力する事業に多くの人を配置する場合です。

「この新事業に力を入れる」などの全社の戦略は、経営陣から社員に向けてトップダウンで伝えられるのが一般的です。DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるために必要なスキルを持つ社員を養成する、選ばれた社員は半年の研修を受講させる、といったケースが代表例です。

こんなとき、新たなスキルを学べるのはいい機会だと思う社員もいれば、今までの経験が無駄になったと感じる社員もいます。「新しいスキルを皆で身につけるということは、これまでの実績はクリアされて、評価も振り出しに戻ってしまう」と考えるのです。

しかし、新しい部署に行ってもビジネスの経験は決して無駄にはなりません。進化の激しい技術的知識などはいずれ無価値になることも多いのですが、それを捨てる決断を自ら下すのは難しいことです。希望と異なる人事異動も、「会社によいきっかけをもらった」と捉えてみてはいかがでしょうか。

自覚がないだけで適性がある場合も

最後にお伝えしたいのは、自分では「適性がない、この部署に向いていない」と感じていたとしても、本当にそうとは限らないということです。周囲からは「適性がある」と見られている可能性があります。筆者も企業の人事担当だった時代、そうした人をよく見てきました。

例えば、業績が悪く部員の士気も低下している部署のマネジャー職。まさに“オワコン部署”で、誰もやりたがらない役目です。こういうポジションでも、人事に関係する役員や部長の頭には「あの人なら任せられる」という候補が浮かびます。

実際に本人に人事異動を伝えると、最初は「自分には向いていない」などと文句を言います。しかしそのうち「これ以上、部署を良くする必要もないということですよね」「どんなにサボっても影響は少ない」「成果が出なくてもお小言を言われない、楽な部署」などという発言が出てきます。本人は気づいていなくても、こういう捉え方ができる人は部署のクローザーに向いているのです。

企業でキャリア研修をしていても、こうしたタイプの人に出会います。あるメーカーで、50代の社員に入社以来の振り返りをしてもらったところ、「自分が所属していた部署は常に大変、しかも製品のライフサイクル終了や販売不振で事業環境も最悪。最後はリコール発生の原因となった部署に配属された」という人がいました。過去の所属部署で一緒に仕事をした人のほとんどは既に会社を去っているというおまけ付きです。

こうした経験を豊富に積んでいるとなると、その人に求められるのは目標以上の成果を出すことより、「メンタルを強く持ち、淡々と、部署を無事にクローズさせること」になります。これも、会社にはとても重要な役割です。こうした能力を持っていることは貴重であり、その人の評価になります。

今回ご紹介した3つの考え方は、現在の自分の立ち位置を確かめ、今後の異動戦略を考えるうえで役に立ちます。今の部署が不満だという方は、ぜひご活用ください。

天笠 淳(あまがさ・あつし)
アネックス代表取締役/人事コンサルタント
早稲田大学商学部卒業後、IT企業、金融機関にて人事業務を経験。株式会社アネックス、一般社団法人次世代人材育成機構の代表として、働きやすい職場づくりを主なテーマとし、企業の人事、人材開発のコンサルタントを行っている。次世代人材育成機構では、代表理事として、学生の就職活動へのアドバイスや、社会人のキャリア支援を20年以上手掛けている。著書に『転職エバンジェリストの技術系成功メソッド』『オンライン講座を頼まれた時に読む本』(いずれも日経BP発行)がある。

[日経 xTECH 2022年10月27日付の記事を再構成]