キャンプ開始当日に行われる入社式では、新入社員が働く決意を込めて手のひらを絵の具に浸し手形を押す「契りの会」が恒例だ。

「手形の契りには、会社と社員が結ぶ約束という意味があります。両者は、法律上は労働契約に基づく雇用主と雇用者という関係ですが、時にはその関係を超えてお互いに助け合いましょうと。社員は人生の多くの時間を会社で過ごしますから、就業規則に書かれていないような事態に遭遇することもあるかもしれません。でもそんな時も会社は社員が働き続けられるよう全力でサポートする。一方で、社員は星野リゾートの組織文化に仕事を通して寄与する。そのことをお互い誓い合うのです」

「倒産確率」も包み隠さず

その「契り」の真価が試されたのが、創業以来最大の危機となったコロナ禍だ。2020年は緊急事態宣言を受け、4~5月は運営する各施設の売り上げが9割減少。社員の不安が高まる中で、星野代表は社内向けのブログで「倒産確率」を発表した。予約数や財務の状況など、複数の変数をもとに独自に計算した倒産確率は、5月は約4割まで高まり、GoToトラベルなどが影響した10月ごろは約1割に改善した。

「新入社員は入った早々で本当に不安だったと思います。でも代表が倒産確率を共有したことは社員の間で『星野らしいね』と好意的に受け止められました。『雇用はなんとしてでも守る。だからみんなも知恵を出し協力してくれ』という明快なメッセージだと感じたのです。私たちの最大の強みはフラットな組織文化。そしてそれを支えるのが情報共有です。リスクも含めて大事な情報は全員に共有する。そうすれば厳しい環境下で自分は何をすべきか、一人ひとりが考えることができます。さらにそれぞれのアイデアをチーム内で自由に議論することで、やるべきことがクリアになり『一緒に頑張っていくしかない』という覚悟が決まるのです」

「私たちの最大の強みはフラットな組織文化。そしてそれを支えるのが情報共有です。リスクも含めて大事な情報は全員に共有する」(鈴木さん)

鈴木さんは、危機の時こそユーモアを大事にしようという意図も感じたという。

「普通は倒産確率をトップ自ら公表しないですよね。『えーっ、言っちゃうんだ』と驚くと同時に面白いなと。当社の歴史を振り返ると、リゾナーレ八ヶ岳(旧リゾナーレ小淵沢)も星野リゾート・トマム(旧アルファリゾート・トマム)も誰が見てもひどい経営状態からの再スタートでした。大変な状況に立ち向かう時には、それを面白がれるユーモアと一般的な捉え方とは違う独自の視点が必要です。それがあって初めて本質的なニーズに気づけるのです」

コロナ禍が長引く中で観光業界の先行きは見通しにくい。だが鈴木さんによれば、星野リゾートでは社員が自律的に動いた結果、経営状況は改善。そうした努力が投資家や施設のオーナーらに評価されて運営案件の増加につながった。22年度入社の新卒採用を大幅に増やしたのもそれに対応するためだ。

「22年に入社する新入社員には、現実の厳しい側面も率直に伝えました。自分なりのリスクを想定したうえで、この環境に飛び込むことが良い選択かどうかよく考えて決断してほしい。観光業が厳しい状況の中で入社することには苦難があるかもしれないが、だからこそ同じチームとして挑戦していこう、と呼びかけました」

『LIFE SHIFT』には長い人生のさまざまな局面で自身のスキルな知識を意識的に高め、生涯を通じて成長し続ける大切さが書かれている。コロナ禍の新入社員にはとりわけそのメッセージが深く届きそうだ。

(ライター 石臥薫子)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

著者 : リンダ グラットン
出版 : 東洋経済新報社
価格 : 1,980 円(税込み)