日経ナショナル ジオグラフィック社

「1000人を対象にアンケートを行っても、『大丈夫! 女王に任せましょう。海草を植えるのをやめさせることができるのだから』と答える人はいないでしょう。圧倒的多数が『それはおかしい』と言うはずです」

環境保護と商業的利益を「両立」できるか?

実際のところ、女王もその家族もクラウン・エステートの管理には全く関与していない。8人から成るクラウン・エステート委員会に委ねられている。海洋管理責任者のフーブ・デン・ローイエン氏は、「クラウン・エステートは環境と社会的な利益、商業的な利益の『両立』を目指している」と話す。

従来の枠組みを見直す場合、一般的には収入源が確立している「成熟した」産業が優先されがちだが、「革新的な再生プロジェクトであれば、基本的な管理費だけを請求すべきだ」という意見にデン・ローイエン氏は同意する。

「今後どのような技術が正解になるのか、私たちにもよくわかりません」とデン・ローイエン氏は前置きしたうえで、「慈善団体や大学が『このプロジェクトはうまくいく可能性があり、規模の拡大も可能だ』と言ったら、その費用負担は課すべきではないでしょう」と明言した。

デン・ローイエン氏によれば、そうした「革新的な事業」に取り組むため、クラウン・エステートは自然環境との関係を見直しているところだという。「もし我々が正しいことを行っていないというならば、ぜひご意見をお寄せください」

イングランドの南岸では、明るい兆しが見えている。サセックスのエイドゥーとワージングの両議会がクラウン・エステートと英国初の「自然資本」のリースについて交渉しているのだ。7000世帯以上の排出量に相当する炭素を回収できるコンブの森をつくり、タツノオトシゴやロブスター、コウイカ、バスの生息地にする計画だ。

自然再生への取り組みを強める王室

近年、エリザベス女王は環境志向の国家元首として評判を高めている。個人的には、毛皮を拒否し、バッキンガム宮殿にミツバチの巣箱を設置し、2021年秋にグラスゴーで開催された気候変動枠組条約締約国会議(COP)では、自身の公的な立場を利用し、政治家に行動を呼び掛けた。在位70年を記念して植樹も行った。

チャールズ皇太子は1970年代から環境保護を提唱し、ウィリアム王子は気候変動などの環境問題の解決に向けた「アースショット賞」を創設するなど、王室も自然再生への取り組みに意欲を示している。

120人の科学者と著名なリーダーが、女王とその家族に対し、「私たちの土地を癒やす道を切り開くこと」と森、川、湿地などの生態系を回復することを強く求めたことも、女王の環境保護意識の高まりの一因となっている。このグループは2021年、王室に宛てた書簡で、「あなたたちはこれらの土地の劣化した自然に根本的に対処するまたとない好機を手にしているのです」と訴えた。

海草の海はその最たる例かもしれない。海草を植えるのは困難な作業だ。アンスワース氏とパートナーの科学者たちが2019年にプロジェクトを開始したとき、英国では前例として小規模な試験がわずかにあるだけだった。しかし、米メリーランド州のチェサピーク湾で行われた世界最大の海草再生プロジェクトは、大規模に植えることこそが成功の鍵だと示唆していた。

2020年3月、アンスワース氏は有志とともに、ウェールズ南西部の村デールの沖にクラウン・エステートから借りた2ヘクタールの試験場を小さなインフレータブルボート(ゴムボート)でジグザグに往復した。何千もの小さな麻袋が付いたロープを16キロメートル以上敷き詰めた。麻袋の中には、ダイバーたちが英国の沿岸で1粒ずつ採取した種子が合わせて100万粒入っている。種子が流されたり、カニに食べられたりしないよう、小さな袋に入れたのだ。

2021年末、試験場に潜ってみると、新しい海草の草原ができ始めていた。まばらな部分はあったものの、砂の海底から60センチメートル以上の高さまで育っており、近い将来、タラやカレイ、コウイカ、エイのすみかになることを地元住民は期待している。

アンスワース氏によれば、プロジェクト・シーグラスは現在、クラウン・エステートと取引する必要がない海底を探しているという。デールの試験プロジェクトが全国ニュースになった後、約20のコミュニティーから引き合いがあったという。

そして2022年3月、南西部の都市プリマスの沖で、チャールズ皇太子が所有するコーンウォール公領の海底1ヘクタールに海草の種がまかれた。そこは、クラウン・エステートが管理する土地ではなく、無料で利用できたのだ。

(文 MATTHEW PONSFORD、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年6月14日付]