日経ナショナル ジオグラフィック社

「自分の誕生日パーティーで、プレゼントを贈り合う代わりに、集まった友達に寄付してもらおうというメールが子供たちから私たちに届きます。そのようにして集まったお金を私たちは女王に渡しているのです」とアンスワース氏は語る。「はっきり言って、めちゃくちゃです。実際、クラウン・エステートが私たちを助けようとしているなんて感じたことすらありません」

また、気候変動がもたらす社会課題の解決に取り組む企業、カーボンキャプチャーは英国の周り58カ所をつないだ小さなコンブの養殖場を設ける計画を立てた。しかし、クラウン・エステートからの土地のリースと政府からのライセンス許諾に時間がかかり、1年の遅れが生じた。結果、投資家の意向もあり、コンブの生産場所を東南アジアに移動せざるをえなくなった。「実行できなければ、せっかくの機会を逃してしまうのです」と共同設立者であるハワード・ガンストック氏は言う。

10年で約5000億円稼いだ“奇妙な中世の遺物”

海底を含む女王の広大な所有地は、1066年のノルマン・コンクエストでウィリアム1世(征服王)がイングランドの王位に就いたことに端を発する。今日、法律上は女王がすべての土地の所有者であることは変わっていないが、所有地の大部分に対する権限はない。女王が完全にコントロールできるのは、バルモラルやサンドリンガムなどの私有地だけだ。

しかし、女王は君主であるゆえに、王室の資産として金や銀の鉱脈、ロンドン中心部の高価な不動産などとともに海底を所有し、そこから収入を得ている。

144億ポンド(約2兆4200億円)にも達するこのポートフォリオは、1760年に議会とジョージ3世の間で行われた取引に基づき、クラウン・エステートが女王に代わって管理している。

議会が「英国特有の組織」と呼ぶクラウン・エステートは現在、王室基金と公的投資基金を兼ねている。収入は国庫に入り、その4分の1が王室に還元される。クラウン・エステートは王室と大蔵省のために、この10年間で30億ポンド(約5000億円)を稼ぎ出した。

収入の大半は都市部の不動産だが、最近は海底からの収入も大きくなってきている。2021年には、洋上風力発電所やパイプライン、ケーブルなどで1億2100万ポンド(約200億円)を得た。

議会は「クラウン・エステートによる管理が公益の妨げになっている」として、自らの利益を重視するクラウン・エステートの姿勢を非難している。洋上風力発電所の賃貸契約によって今後10年間で88億ポンド(約1兆4800億円)の収入が見込まれるという発表があったときには、議会で反発が巻き起こった。「この古めかしい組織を現代的な組織に刷新しないのであれば、管理業務を剥奪すべきだ」という声が議員の間から上がった。

沿岸都市プリマスの議員であるルーク・ポラード氏は「海底は決して、クラウン・エステートと大蔵省の資金源ではありません」と訴える。「気候と生態系は危機の真っただ中にあります。クラウン・エステートには、海洋活動の収益と同じ比重で、自然再生と脱炭素に重きを置くことを求めています」

君主の私的管理会社ではなく、政府が所有する公的機関でもないクラウン・エステートを、経済学者のダンカン・マッキャン氏は「何百年もかけて少しずつ改革されたハイブリッドな組織」と表現する。

そして今、さらなる改革が必要だという意見が出てきている。ロンドン動物学会と海洋保護協会は、海洋生息地の回復を助け、その価値を認識するためのライセンス改革を提言している。ニュー・エコノミクス財団の論文は、イングランド南岸にあるウェスト・サセックスの一部だけでもコンブの森を再生すれば、地元に年間300万ポンド(約5億円)以上をもたらすことができると結論づけている。

イースト・サセックスのカックミア・ヘブン。白い崖セブン・シスターズが海辺にそびえ立つ(PHOTOGRAPH BY JEFF OVERS, BBC NEWS & CURRENT AFFAIRS/GETTY IMAGES)

緑の党の指導者たちは解決策として、クラウン・エステートを「緑の政府系ファンド」に置き換えることを提案している。緑の党の議員である経済学者のモリー・スコット・カトー氏は、「環境保護の取り組みが“奇妙な中世の遺物”によって骨抜きにされる可能性があることを知り、多くの英国民が驚いている」と話す。

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環境保護と商業的利益を「両立」できるか?