日経ナショナル ジオグラフィック社

地元の人たちも、フラに再び親しむようになった。1964年、ハワイ島のヒロで「メリー・モナーク・フェスティバル」が開始された。今では毎年春に行われているこの祭典には、ハワイの島々と米国本土から最高のフラグループが集う。「フラのオリンピック」とも呼ばれるこの祭典のチケットは入手困難だ。

「フラが発展し、世界中で人気が高まる中で、わたしは常に記憶と忘却の闘いに勤(いそ)しんでいます」とデ・シルバ氏は言う。「フラ、詠唱、物語、そしてわたしたちが受け取ったすべてのもの――それらがわたしたちに与えられた理由は、それが生き残っていくためです。わたしたちがメリー・モナークに参加するのは、わたしたちが守ってきたフラと、伝統への愛情が、1年また1年と記録されていくからです」

舞台からリゾートまで

近年では、若い踊り手たちも、伝統への回帰を目指すようになっている。アファティア・トンプソン氏の両親がエンターテインメント会社「ティハティ・プロダクション」を立ち上げた1969年、会社がロイヤルハワイアンホテルで行っていたルアウは、ポリネシア各地の踊り、歌、コスチュームの寄せ集めという、その当時の典型的なものだった。

「当時、ルアウのショーを開催していた人々は、ポリネシアの文化に違いがあることをわかっていなかったのです」とトンプソン氏は言う。「彼らはただ、見た目がきれいで、心地よい音楽があればそれでいいと思っていました」

2007年にルアウの担当を引き継いだとき、トンプソン氏は、ショーのプログラムを舞踊の物語、歴史、背景に焦点を当てるものに変更した。彼らのショーのハイライトは、フラと、ポイ(タロイモから作るハワイ料理の主食)作りなどの伝統技術だ。「わたしたちは表面的な娯楽を提供するだけでなく、それをより深く掘り下げ、お客様にわたしたちの歴史を伝えているのです」と彼は言う。

意外なことに、かつては形だけをまねたフラを広めていた大型リゾートも、現在は文化保護に力を注いでいる。多くのリゾートでは、ハワイの文化大使が指導し、教育プログラムの監修を担当するフラのパフォーマンスやレッスンを提供している。

ウェンディ・トゥイヴァイオンゲイ氏は、2011年にフォーシーズンズリゾート・マウイ・アット・ワイレアにコンシェルジュとして入社し、そこで利用客やスタッフからの文化に関する質問に答える仕事を任された。2019年、同リゾートはトゥイヴァイオンゲイ氏のために文化大使の役割を新たに設け、氏は現在、レイ作りやフラダンスレッスンなどのアクティビティを統括している。

「こうした情報を彼らにきちんと伝えることが、わたしたちのクレアナ、つまりわたしたちの責任なのです」とトゥイヴァイオンゲイ氏は言う。「ハワイの文化を学びたい方にはだれにでもお教えします。かつて、すべてが地下に潜った時代がありました。わたしたちがこれを教えていかなければ、また風化してしまうかもしれません」

(文 RACHEL NG、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年6月11日付]