「つくば鶏もも肉のから揚げ」(858円)は、皮で身を包み筒状に成形している

から揚げが出てきて、二度見した。筒状になっていたからだ。こんな形のから揚げは初めてだ。ヒレカツのようでもある。薬味のユズゴショウをつけて、レモンをしぼる。から揚げらしからぬ姿をしているが、味は紛れもなくから揚げだ。ほかにも意表を突くつまみが眠っていそうで、もっと頼んでみたいのだがそばが入らなくなるのが悩ましいところだ。

「お客さんのなかには、そば屋だと気づかずに、そば前だけで終わってしまうパターンも多いんです。1年たってみて、あ、そば屋さんだったのね、とようやくシメのためにおなかを空けてくださる方が増えてきました」(岡崎さん)

店ではランチ営業もしているため、午前中に一度そばを打ち、ランチの後に夜の営業用にそばを打つ。そば粉はすべて自家製粉ではないが、一部を自家製粉機で粗めにひいて、北海道産のそば粉に混ぜ、そば粉9割に対し、小麦粉1割の配合にしている。

飲んだ後は「〆蕎麦」(528円)。だしがキリッと香るつゆも美味

飲んだ後には「〆(しめ)蕎麦」(528円)がちょうどいい。喉越しや香りも申し分ない。もっと食べたい人には普通サイズの「せいろ蕎麦」(748円)や「天ぷらせいろ蕎麦」(1408円)、「チキンカレー南蛮蕎麦」(1078円)もある。「ニラだく黒豚南蛮蕎麦」(1188円)もどんな味かちょっと気になるが、相当通わないと、ここには到達できそうにない。そんなことを考えていたら、「夜は居酒屋使いだけでなく、ふつうにおそばだけでの利用もOKですよ」と天の声。店の雰囲気から酒なしでの利用はできないと思いこんでいたが、夜もそばだけでいいとなったら、通う頻度はかなり違ってくる。

ところで、店名の「はんさむ」は飲食店にありそうでない名前だ。

岡崎さんは裏渋谷通りに近い「権八 渋谷」に長く勤め、店長も経験した。大きな組織の一員として、利益を出すための方程式にしたがって仕事を続けるなかで、学ぶことは多かったが、自由にできることは意外に少なく、「自分の店を出すときは、名前くらい遊びたい」と考えて浮かんだのが「はんさむ」だった。そば文化の「粋」を別の言葉で表現したい、という思いもあったそう。

遊び心のある店名は、一度聞いたら忘れない名前だ

岡崎さんが若い人に向けたそば店を目指したのは、「明るいうちからそば屋でお酒を飲む日本の文化はかっこいいと思う半面、敷居が高くて、年配の人だけの楽しみになっているのはもったいない」という思いが強かったから。前2軒でも、その垣根を取り払う試みを実践してきたが、この店でもっとも理想的な形が作れた。集客の立ち上がりも3軒中、いちばん早かったそうだ。

「最初はおじさんたちで埋まる様子を外から見て、恐る恐る若い子が入ってくる絵をイメージしていましたが、(新型コロナウイルス感染症)まん延防止(等重点措置)期間中、営業している店が少なかったことも手伝って、思いのほか早く20代のお客さんが入ってきてくれました」(岡崎さん)

現在、客の中心年齢層は30歳前後だという。ランチはそばと丼もので1000円ほど、夜の平均客単価は5000円を切るくらい。土日祝日は通し営業もやっている。これからの季節は、天気が良ければガラスの引き戸を全開にして、オープンそば店にもなるという。暑さが本格的になる前に、週末の昼酒も気持ちよさそうだ。

(ライター 伊東由美子)

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