日経エンタテインメント!

日比谷の大劇場と下北沢の小劇場の間で

今回、僕にとって初めての体験は下北沢の本多劇場に出ること。400席に満たない演劇専門の劇場で、夢の遊眠社や第三舞台をはじめ、大人計画やKERAさんの劇団ナイロン100℃もそうですし、数々の有名劇団が活動してきた小劇場界の中心的存在です。その舞台に立つのは、シンプルにとても楽しみです。稽古のとき、KERAさんから「芳雄は、この単語が大事だと思ったら立ててくれるけど、立てなくて大丈夫だよ」と指摘されました。僕は、お客さんに届けたいと思う言葉をしゃべるときは、知らず知らずのうちに声を大きくしたり、アクセントを置いたりするみたいです。きっと大劇場では、劇場の隅々まできちんと伝わるようにそうしていたと思います。でも、「本多(劇場)は大きな劇場じゃないし、同じ気持ちで言えば、特別立てなくても伝わるから」と言われて、「小さな劇場でお芝居するのはそういうことなのか」と、あらためて認識しました。

僕は新国立劇場の小劇場でもやっていますし、大きい劇場でしかやっていないわけではないのですが、今回は小劇場がたくさんあって「演劇の街」といわれる下北沢でやることに特別感があります。ミュージカルは大規模な劇場でやることが多く、日比谷の界隈(かいわい)が中心だと思うんです。その普段やっている所とはまた違う街の劇場でやれる喜び。今回は下北沢の本多劇場だからできるお芝居だと思うし、せっかくそこに立たせてもらうのなら、劇場に見合ったお芝居をしたい。より日常に近いようにお芝居ができるなら、すごく楽しいだろうと思います。

『しびれ雲』のカンパニーは本多劇場のあと12月には地方公演に行き、僕はそのあと1月から福岡の博多座でミュージカル『エリザベート』に出ます。『エリザベート』はこの10月に帝国劇場で開幕した、まさに“日比谷”を代表する大型ミュージカルです。僕にとっては、小劇場でKERAさんのお芝居に出ることも、大劇場でミュージカルに出ることも、どちらも大事なこと。きっと普通にやっていると、大きなミュージカルに偏りがちになると思うので、KERAさんのような方にお声をかけていただき、違った場所で、違ったお芝居ができるのは、とてもありがたいことです。

【お知らせ】NIKKEI STYLEでご愛読いただいてきました連載「井上芳雄 エンタメ通信」は、次回の第125回から日経エンタテインメント!特設サイトへ移転し、掲載します。11月後半からスタートの予定です。そちらでもどうぞよろしくお願いいたします。 https://xtrend.nikkei.com/sp/ent/

『夢をかける』 井上芳雄・著
 ミュージカルを中心に様々な舞台で活躍する一方、歌手やドラマなど多岐にわたるジャンルで活動する井上芳雄のデビュー20周年記念出版。NIKKEI STYLEエンタメ!チャンネルでの連載「井上芳雄 エンタメ通信」を初めて単行本化。2017年7月から2020年11月まで約3年半のコラムを「ショー・マスト・ゴー・オン」「ミュージカル」「ストレートプレイ」「歌手」「新ジャンル」「レジェンド」というテーマ別に再構成して、書き下ろしを加えました。特に2020年は、コロナ禍で演劇界は大きな打撃を受けました。その逆境のなかでデビュー20周年イヤーを迎えた井上が、何を思い、どんな日々を送り、未来に何を残そうとしているのか。明日への希望や勇気が詰まった1冊です。
(日経BP/2970円・税込み)
井上芳雄
 1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)、『夢をかける』(日経BP)。

夢をかける

著者 : 井上芳雄
出版 : 日経BP
価格 : 2,970 円(税込み)