ふと浮かんだのはミスミだった。「V字回復の経営」の著者本人が経営する会社で、実際にどのように経営が行われているのかを知りたい。そう転職エージェントに希望を伝えたところ、運良く募集があり採用された。
「ミスミでは当時、取締役議長だった三枝さんが『議長塾』という社内大学で定期的に講義をしていたので、すかさずそこに参加しました。本に書かれているフレームワークをどう使えば、自部門の戦略を生み出していけるかを1年間みっちり教えてもらえる。濃密な学びの時間でした」
ミスミでは事業サイドも経験したが、改めて「自分は前線に立つよりも、管理部門で後方から支援するほうが向いている」と気づき、再び転職先を探した。MBAでの学びや、ファイナンスの知識・経験をいかせるポジションとして「スタートアップのCFO」に照準を定め、データ分析事業を手掛ける「サイカ」に転じた。入社後ほどなく大型資金調達を決めて取締役CFOに就任。その後も数億円の資金調達を複数回したのをきっかけに、中西さんは2回目のリスキリングに挑戦する。

「資金調達の際に一流の投資家や投資銀行、証券会社で活躍する金融のプロのすごさを目の当たりにしたんです。自分はMBAで広い穴を掘って、実務においてそれなりの専門性を磨いてきたつもりだったけど、上には上がある。本気でこの人たちと殴り合いになったら負けるなと。金融はリテラシーがない方がだまされたり、損をさせられたりするシビアな世界。そこで戦っていくためにファイナンスについてもう一度、理論と統計的・数学的基礎から勉強し直したいと思いました」
リスキリングの場に選んだのは、一橋大学大学院の経営管理研究科金融戦略・経営財務コース。数あるMBAの中でも特にファイナンスに力点を置いていたことが決め手となった。しかし、いざ合格して「授業がとんでもなく難しそうだと気づいた」。高校で微分積分も勉強していない自分はついていけないのではないかーー。心配になった中西さんは急きょ、授業が始まる前の4カ月間、大人向けの数学塾に通い、個別指導で中学数学から高校数学までを学び直した。
「一橋大大学院はやはり非常に求められる水準が高かった。そこで鍛えられたことで自信がついたし、ようやく深い穴が掘れたという実感も得られました。実際の仕事の中で感じる課題を教授に直接相談できるのも良かったし、逆に最新の知見を実務に適用したらどうだったかという現場サイドの話を教授にすると、身を乗り出して聞いてもらえて忌憚(きたん)ないフィードバックをもらうことができた。今、投資家から信頼を得られているのも、銀行や証券会社の人に『味方にするのはいいけど、敵にしたくないタイプ』と言われるようになったのも、あそこでの厳しい学びがあったからだと思います」
中西さんは早稲田大MBAの授業料約350万円、一橋大MBAの授業料約160万円、その他もろもろ含めてリスキリングに700万円近い投資をしてきた。一部はローンを組んだり、親に借金したりして賄ったが、「それだけの投資をした価値は大いにあった」と言い切る。
年功序列の会社の場合、リスキリングをしたからといってすぐに給与が上がるわけではない。だが、学びと実践を繰り返すことで加速度的に成長することができ、それが転職市場での高い評価につながることを実感してきた。そしてなにより、勉強を社会に還元できている、役に立てている実感がリスキニングを加速させた。
「数百万円単位で投資したとしても、投資した分は必ず返ってきます。それに、大人の学びって楽しいですよ。子どもの頃と違ってダメだからって誰かから怒られることもないし、学ぶ目的が明確なのでより深く学べる。不思議なことに学べば学ぶほどもっと知りたくなる」
2020年、一橋のMBAコースで学んでいる最中にスクーに転職した中西さんは、21年3月にMBAを修了するやいなや、武蔵野大学の通信教育部で仏教学を学び始めた。経営やファイナンスの知識は大事だが、最終的に人間は論理だけでは動かない。どうにもならない壁にぶち当たった時、リーダーはどう考え、どう行動すべきなのか。それを考える上でヒントになるのが仏教だと思ったのだという。
最後に、中西さんにこれから学ぼうという人へのアドバイスを聞いた。
「人はつい資格や専門性を突き詰めることに目を向けがちですが、それだと成長の限界がある。今の時代、すぐに役立つことはすぐに役に立たなくなるリスクも高い。逆に役に立たなさそうなことが実は役に立ったりもする。ですからやはり広い穴を掘ること、多角的に学ぶことが大事だと思います。その意味でリベラルアーツもお勧めです。続けるコツは頑張りすぎないこと。学び続けていればそのうちいいことあるだろう、くらいの気持ちでいた方が長続きすると思います」
(ライター 石臥薫子)