コレラ史から照らす現代 根深い迷信、政策ミスは今も『「感染」の社会史 科学と呪術のヨーロッパ近代』著者に聞く

新型コロナウイルスの第6波がやまない。現在のようにパンデミック(感染症の世界的流行)を繰り返したケースとしては19世紀のコレラ禍がある。欧州などを中心に6回の大流行を経験した。細菌学の成立で最新の防疫ノウハウが普及する一方、人々は前近代的な病気観から完全に解放されることはなかったという。不安な感情を抱えながら当時の市民が、どう立ち向かったかを『「感染」の社会史』(中公選書)の著者、村上宏昭・筑波大助教に聞いた。

現在にも残る「燻蒸することで浄化」の信仰

――著書では化学、医学を中心とした進歩が、19世紀の欧米社会の防疫体制に貢献した一方、非科学的な対処も続いたと指摘しています。

「世界各地で長く信じられた呪術的な防疫方法として、火を焚(た)くことで生じる煙や灰に、災厄を除く霊験があるとする『燻蒸(くんじょう)』がありました。19世紀の欧州各地でも、塩化石灰などを用いた燻蒸消毒が盛んでした。塩素の有効性は確認されず、逆に肺炎やぜんそくに悪影響を及ぼすにも関わらず、感染地域からの手紙、荷物も燻蒸したのです。1883~84年のコレラ禍ではフランスのパリで旅行客の燻蒸消毒処置が義務付けられました。粉状にしたニトロシル硫酸の蒸気を30分間吸い込むのです」

「実は21世紀の日本でも、燻蒸の迷信を思わせるケースがありました。昨年あるアイドルグループが新型コロナ対策として、イベント会場で除菌液を噴霧する『空間除菌』をアピールしたのです。すぐ医療関係者らから批判されました」

――コレラはもともとインド・ベンガル地方の風土病で致死率も高くありませんでした。それが1817年に、突如として大流行しインドから中国、ロシア、日本にまで及びました。

「コレラ禍拡大で有力視される理由のひとつは、現地の反英勢力を鎮圧した英軍がコレラをベンガル地方から外の世界に流出させたという説です。19世紀のコレラの特徴は致死率が高く罹患(りかん)者の半数以上が死亡したことと、死亡者が都市部に集中したことでした。コレラ禍は20世紀初頭までの1世紀の間に合計6回のパンデミックを引き起こしました。18世紀後半の英国で始まり、その後各国に広まった産業革命で、人々の移動が盛んになった影響もありそうです」

「コレラ菌の微生物」の想像図(1884年)

――その一方で、パスツール(1822~95年、仏)やコッホ(1843~1910年、独)らによって同世紀後半には細菌学が確立しました。特にコッホは感染症研究の先駆者として知られています。

「コッホは、多くの病気が病原微生物の感染で起きることを解明しました。コレラ菌、炭疽(たんそ)菌、結核菌を突き止めて病原細菌学という新しい分野を開拓し、それまでの衛生学や医学を一変させたのが、コッホでした。自国の大学教授や文部大臣らの前で実験を行うなどプレゼンテーションも巧みで、地方の一医師からベルリン大教授、ドイツ王室顧問官となり、ノーベル生理学・医学賞も受けました。日本の北里柴三郎博士の師匠です」

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