ジーパンに白スニーカー 語り継ぐ吉田拓郎スタイルコラムニスト いであつし

2006年、31年ぶりに開いた「つま恋」コンサートで歌う吉田拓郎氏

吉田拓郎氏が52年の音楽活動に年内で終止符を打つ引退宣言をして、ラストアルバム『ah-面白かった』が発売された。1970年代のデビュー当時から彼の歌を知る世代にとっては「たくろう」と呼んだほうがいい日本を代表するフォークシンガーであり、数々の名曲を生んだレジェンドアーティストだ。




悲しいかな筆者はギターも弾けないし楽譜も読めない音楽オンチで、音楽配信サービスというやつも一度も使ったことがないアナログオヤジであります。ということで今回のニュースなルックは音楽ではなくファッションから、引退宣言をした偉大なるレジェンドアーティスト、吉田拓郎氏について考察してみたい。

とにもかくにも、吉田拓郎氏の引退宣言のニュースはショックである。筆者は正確には70年代に吉田拓郎氏の曲や深夜放送を夢中で聴いていたドンズバなフォークソング世代ではない。それでも、「結婚しようよ」や「人間なんて」、「夏休み」、「今日までそして明日から」、「落陽」etc…。知っている曲が何曲も出てくる。とくに「落陽」は大好きな1曲。あれはボブ・ディランの「風に吹かれて」にも匹敵する名曲だと思う。

フォークシンガー、ファッションも「先端」

ギターも弾けない筆者とは違って、3つ年上の兄貴は中学生の時にどっぷりとたくろう(あえてそう呼ばせてもらいます)にハマっていたフォークソング世代である。兄貴の部屋には地元静岡の楽器店「すみや」でこづかいをためて買ったフォークギターと、『guts(ガッツ)』や『ミュージックライフ』、『ヤングギター』といった音楽雑誌がメンクラ(メンズクラブですね)と一緒に積まれていた。ギターは弾けないけれども雑誌は好きだった小学6年生の筆者は、兄貴の部屋に入ってはファッション誌のメンクラとそういった音楽雑誌もこっそり見ていた。

忘れもしません、その時に初めて見たのが、あれはgutsのグラビアページだったか、泉谷しげる氏が裸で着ていたLeeのオーバーオールだ。当時流行っていた日本製のビッグジョンやボブソンのそれとはあきらかに違って、古着のようにいい具合に色落ちしたオンスの薄いデニムで胸元のポケットに小さく「Lee」のロゴが付いている。後になって、それは『メイドインUSAカタログ』に出ていたLeeのオーバーオールと同じものだと知る。

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70年代ファッション 映像が掘り起こす記憶