こだわりの揚げ油の割合は綿実油8と太白のゴマ油2

阿部さんが最もこだわるのは揚げ油。天ぷらの具材の鮮度はもちろんだが、その鮮度を生かすも殺すも、揚げ油が決め手となる。長年の経験から、綿実油8に太白のゴマ油2の割合で、自らブレンドして使っている。
たいていの植物油はその植物の種をしぼって油を取るが、阿部さんが使っている綿実油はワタの種ではなく実をしぼっている。オリーブ油もそうで、実は種に比べてクセがないという。その綿実油は、熱をかけずに生しぼりしたもの。加熱すると多量の油がしぼれるものだが、生だと量が限られ、その分高価だ。
ゴマ油を使うのは、食用油の中でコシが一番あるから。コシがあるとは粘りがあることで、天ぷらがしっかり揚がる。しかし、普通のゴマ油は熱すると香が強く出て、香ばしいと歓迎する人もいる一方で、好まない人もいる。その点、太白のゴマ油は香は出ず、クセがないという。
阿部さんはさらに揚げ油改善の追求を重ねたが、「ダイズ油などいろいろ試したけれど、結局綿実油10と太白のゴマ油3のブレンドに戻ってきました」と笑って話してくれた。

天ぷら粉も同様にこだわりを見せる。試行錯誤した末、今使っているのは日清製粉の「バイオレット」とのこと。粉はふるうと空気が入りかさが増えるもので、阿部さんは元の量の約2倍になるくらいまでじっくりと粉をふるい、それを冷蔵庫で一晩冷やして使っている。
魚は「なだ万」時代から懇意にしている卸業者とのつき合いを、阿部さんは今も大事にしている。エビ専門の卸、魚介類の卸など、それぞれ得意とする卸業者がいて、「無理をきいてもらいながらやっている」という。それでも、昨今の地球環境の変化からか、魚のネタも少しずつ変えざるを得ない状況だ。例えば、普通のハゼの2倍はあろうかという宮城県の2年物が、東日本大震災以来めっきり入らなくなったそうだ。
今の季節は宍道湖産のシラウオが終わり、霞ケ浦産の子持ちのワカサギも終わる。代わって滋賀県産の小さい5センチほどの稚アユがこれからのシーズンのお楽しみだ。季節の旬のものが味わえるのがこの店の良さでもある。

さて、この店にはとっておきのシメがある。天丼か、かき揚げのお茶漬け。若くてがっつり食べたい系には天丼を、お酒もそこそこ飲んで、後は何かちょこっと食べたい系にはかき揚げのお茶漬けがオススメだ。かき揚げは刻んだエビがたっぷり入っているが、お茶漬けの中に溶けて、軽く喉をすべる。味はお茶と塩だけだが、味わい深い。
かき揚げのお茶漬けには、しば漬けによく似ている広島菜の赤い漬物が添えられている。しば漬けほど酸っぱくない。「しば漬けだと誤解して残す人が多いのですが、広島菜は天ぷらにはよく合うんですよ」(阿部さん)
この店を行きつけにして、「シメはいつもの」と言えば、阿部さんが笑顔で答えてくれること間違いなしだ。
(中野栄子)