
世界保健機関(WHO)によると、毎年14万人近くが毒ヘビにかまれて命を落としており、その多くは抗毒血清があれば救うことができたという。2017年、WHOはヘビ咬傷(こうしょう)を「顧みられない熱帯病」のリストに加えた。
そんななかメキシコは、ヘビ毒やサソリ毒による死者の数を激減させることに成功した。また同国は、これまでに十数種の抗毒血清を開発・改良し、ビオクロン研究所、ビルメックス、イノサン・バイオファーマの3社を通して世界各国に提供している。
メキシコはいかにして抗毒研究の先端におどり出ることができたのか。そこからは、生物毒による死者の多い途上国における悪循環を断ち切るヒントが見えてくる。

「メキシコには、より安くより安全な抗毒血清の開発を促す大きな要因が常にありました。それを必要とする人が年間数十万人はいますから」と話すのは、米アリゾナ大学の毒物学者レスリー・ボイヤー氏だ。アリゾナ州も、1人当たりのヘビ咬傷被害の発生率が米国で最も高い。
メキシコ国立自治大学の毒物学者アレハンドロ・アラゴン氏は、ビオクロンおよびイノサンと協力して、これまでに16種の抗毒血清を開発・改良した。そのうち2種は、米食品医薬品局(FDA)の承認を受けている。
世界的には、約50カ所の研究施設で抗毒血清が製造されているが、その多くはアメリカ大陸やアジアにあり、政府が資金を出している。数十億ドル規模の産業として成長を続ける抗毒血清は、コブラ、マムシ、クロゴケグモなど特定の生物毒に有効で、通常は静脈注射で投与される。

サソリ毒の抽出
メキシコ国立自治大学の生命工学研究所は、抗毒血清研究の最先端を行く。ここでは、クラカケサンゴヘビやメキシコニシカイガンガラガラヘビなど、61種の固有種および外来種のヘビが飼育されている。別の小部屋では、サソリが箱に入れられて飼育されている。
ある日、研究室のサソリ生物学者であるシプリアノ・バルデラス・アルテルミラノ氏が、サソリ毒の採取を実演してくれた。身をよじらせたバークスコーピオンをピンセットでつまんで水の中に入れ、電流を通した銅線でショックを与えると、毒針がけいれんして、針先から毒が出てくる。
アラゴン氏は、同じ種のサソリに2回刺されているが、2回とも自分で作った血清で命拾いした。