「やり過ぎない」服装に徹する

――ナチスは軍服やスーツで強烈な印象を与えました。

「それは制服の美しさですが、美学というのは常に危険で、善悪を超越してしまうところがある。かっこよければいいというものではない。私はファッションと政治は中庸であるべきだと思います」

――ところで、大学にも個性的なスタイルをする先生やファッションが好きな先生がいらっしゃいますね。学者の世界で「目立つ」こと、知の世界と服装の関係をどうご覧になっていますか。

「私は日ごろから職業を意識しないんです。きょうも大学教授を意識しているかというと、していませんし。知的に見えるかどうか、ということも考えないなあ。私の場合は目立たないためにやり過ぎない。だから過剰におしゃれはしないという信念に徹しますね」

「学生の時に毛沢東がプリントされたMA-1を着ていたことがありました。いまは毛沢東も商品化してしまう、記号消費の時代なんですよ、と(教授に知らせたかった)。自己主張のアイテムにファッションを使っている時期もありましたね」

「でもね、この『The SUIT』の著者が言っているんです。ネクタイというのはその人よりも先に(部屋などに)入っていく。つまりネクタイはとても目立つものだということ。だから、ボウタイ(ちょうネクタイ)はだめ。ところが例外がある。大学教授だというんです。確かにアメリカでは有名大学の教授でボウタイをする人が実は結構いるんですよ」

――どうしてでしょうね。

「丸の内を歩いていても、ボウタイのビジネスマンはいないでしょ。ある種の自己顕示欲が強い人は、ボウタイをすることで必ず誰かに言及されることを期待しているところがある。僕を見て、みたいな。私も時々ボウタイをします。結ぶのが楽しいんですよ。流れの中でふっと1回で決まって、微妙なゆがみ具合なんかが味わいで。でもボウタイをしていると何かしらコメントされるので、それが面倒ですけどね」

「日本経済新聞社の特別編集委員で2016年に亡くなった伊奈久喜さんと親しくお付き合いしていましたが、彼はいつもボウタイでした。生前、私が自分で結ぶタイプではなく、出来合いのボウタイをしていたら、『中山くん、それは絶対だめだ』と言われてしまいました。以来、出来合いのはしないようにしています。あとね、国際会議なんかでは、ボウタイは一部屋に2人以上いてはだめなんです」

「スーツをきれいに着たいがために、こだわっているモノといえばこれ。名刺入れとペンはとにかく薄いものをと探し回りました」。ボールペンはトンボ鉛筆が16年に限定発売した「ZOOM707」
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スーツは絶滅危惧? それでも「着続ける」