カレーは箸でつまみ、「ピクルス」を飲む

「絵を描くときは、最初にきっちり構想するのではなく、手を動かしてからどう描いていこうかと考えていました。そうした点では、今のスパイス料理と似ているかな。最初にこうだと決めず、面白い組み合わせを見つけ出したいんです」
「牧谿」は、料理に劣らず酒のラインアップもユニークだ。そろえているのは日本酒とクラフトビール。

そもそも水野さんが酒にはまったのは、中国の醸造酒である黄酒(ファンジョウ)がきっかけ。日本で人気の高い紹興酒はこの一種だが、かつて修業した「黒猫夜」でこの酒に魅せられたのだ。でも、店を構えるときには、料理同様ひねりを加えた。「黄酒は原料が主にコメであることや造り方が日本酒に近いので、自分の店の料理は日本酒と合わせてみようと思った」と言う。
メニューに並ぶ酒はどれも個性的。ヨーグルトのような味わいがある奈良・美吉野醸造の「花巴(はなともえ) 水酛(みずもと)純米 火入」は辛い料理を優しく包み込み、千葉・木戸泉酒造の「AFS(アフス)」ブランドの酒にはスパイスに負けない、紹興酒と白ワインを合わせたような味わいがある。広島の今田酒造本店の「富久長(ふくちょう) 白麹 Shell Lovers(シェルラバーズ)」はレモンを思わせる爽やかな酸味があり、ハーブ料理に合わせたい酒だ。

一方、クラフトビールは「サワーエール」の造り手が並ぶ。サワーエールとは酸味が特徴のビール。「あるビールは、おいしいピクルスの液みたいというお客様もいらっしゃいましたね」と水野さん。なるほど、カレーなどのスパイス料理にはピクルスがつきもの。「牧谿」の料理にぴったりというわけだ。カレーは箸でつまみ、「ピクルス」を飲む。新しいスパイス飲みに、しばし酔いしれそうだ。
(ライター メレンダ千春)