岸田首相の立ち上げた「新しい資本主義実現会議」のメンバーにも選ばれた渋沢健氏

栄一はジョブホッパーではなくキャリアビルダー

栄一のキャリアパスは志士、幕臣、新政府の役人、企業経営者とめまぐるしく変わった。健氏は「栄一はジョブホッパーでなくキャリアビルダーだった」と話す。2~3年のサイクルでどんどん職を変えるのがジョブホッパー。これに対してキャリアビルダーは、前職でしっかりした業績を残し、ポジションや収入を上げながら次の転職先へ移っていく。

「渋沢栄一訓言集」には「人は死ぬまで同じことをするものではない。理想に由(よ)って生きるのが趣味ある人の行動」という言葉があるという。健氏は「栄一には常により良い日本をつくりたいという志があった。90歳過ぎまで理想を追い続け、生涯現役で健康だった」と話す。

入社3年以内に、大学を卒業して最初に入社した辞める比率は、3割を超している。「石の上にも3年」という上司のひきとめは、もはや終身雇用制度と年功序列資金の時代にしか通用しないかもしれない。キャリアを築いていく上で忘れてはならないポイントを、健氏は「若い世代は、スキルが十分な仕事より、スキルが少々足りなくてもやりたいものを優先すべきだ」と言い切る。論語と算盤には「自分からこうしたい、ああしたいと奮励さえすれば、大概はその意のごとくになるものである」という栄一の言葉が残されているという。

もちろん必要なスキルの有無を見極めることも大切だ。ただ栄一は「あまりに堅苦しく物事に拘泥し、細事に没頭する時は、自然に潑剌(はつらつ)たる気力を消磨し進取の勇気を挫(くじ)くことになる」との言葉を残していた。健氏は「スキルにこだわると自分のポテンシャルも発揮できなくなる」と話す。スキルよりも志ということだろう。

英語は不得手でも強い思いで親善

「ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長やファーストリテイリングの柳井正会長兼社長らは、『できる・できない』のベクトルでは今までの事業家としての実績はなかっただろう」と健氏は分析する。「あくまで『こうしたい・ああしたい』というベクトルをひたすら伸ばして事業を拡大したのだろう」と話す。

渋沢栄一訓言集には「長所は、これを発揮するようになれば、短所は自然に消滅する」といった言葉もある。栄一は幕末に1年半の滞仏経験を送り、後年は日本の商工会の代表として4回訪米した。「ただ英語は不得手だった。日米親善にかける強い思いがあれば、外国語ができない短所もカバーできると考えていた」と健氏は語る。

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