新鮮イタリアチーズを国内でも 現地修業の職人が奮闘イタリア美味の裏側(10) イタリア食文化文筆・翻訳家 中村浩子

ロビオーラというチーズを使ったイタリア北部の「ランゲ(地方)のリゾット」。料理提供 マジカメンテ(東京都渋谷区)

近年、国内でチーズ工房が増えていることにお気づきだろうか。大手の乳製品製造会社ではない「独立系」のチーズ工房の数はざっと全国で320軒以上。乳製品の競争力強化を目指す国の後押しもあり、10年前に比べて倍以上に増えた。

チーズといえば、保存がききやすい加工成形済みのプロセスチーズが主流だった。ところが、最近は生乳と乳を固める凝乳酵素でつくるフレッシュなナチュラルチーズの人気が高まっている。ナチュラルチーズを手掛ける国内のチーズ工房には、本場イタリアで修業してきた職人もいる。弾力のある「モッツァレッラ」やほんのり甘い「リコッタ」などのフレッシュチーズは、基本的につくりたてが最もおいしいので、国内ですぐに食べられるのはぜいたくな体験だ。

今回は、イタリアで修業した職人たちがつくる日本産イタリアチーズをご紹介しよう。

北海道のチーズ工房「白糠酪恵舎」の外観

まずは、チーズ工房が120軒以上集中する酪農王国、北海道白糠町の「白糠酪恵舎」。創業は20年前で、日本のチーズ工房、なかでも日本産イタリアチーズの先駆けのひとつである。すでに、卸を含めて全国450店ほどの取引先がある。

代表の井ノ口和良さんがイタリアへチーズ修業に出向いたのは27年前のこと。北海道庁の職員だったこともある井ノ口さんは、「北海道が酪農王国でありながら、乳製品を食べる文化がなかったことに気づいたのです」と語る。イタリアチーズを選んだのは、「イタリアが日本と同じく火山の多い国であること、地方ごとの特色が強いことに加え、米や野菜や魚をよく食べること、日本のしょうゆのようにオリーブオイルを何にでもかけることなど、日本と食文化が似ているなと思ったからでした」

ブラテーネロをつくる井ノ口さん(写真提供 白糠酪恵舎)

イタリア北部と南部での修業をへて、現在はモッツァレッラ、グラナ ・パダーノ、リコッタなどのイタリアチーズとそのバリエーション約20種類を年間およそ30トンも生産する工房に成長した。ただ、モッツァレッラだけは、フィラトゥーラと呼ばれる、チーズを手早く練り上げる繊維づくりの過程がむずかしいため、いまだに井ノ口さんがみずから製造を手がける。

原料となる牛の生乳は工房から3キロ圏内にある牧場のみから運ばれる。「運搬時間を短くし、生乳の脂肪を傷めないことで、おいしいチーズができるのです」。さらに、「チーズは(単なる)商品ではなく、命をつなぐ食べ物。だから、おいしくて、安くて、栄養がなければいけない」。優しく強いミルクの本来の味が出ていて、手間がかかっていながら手ごろな値段に抑えられていることを、井ノ口さんは誇りにしている。

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料理人が使いたいチーズ