塩野 そういう変化していく全体構造をビジネスのプロデューサー視点で見ていくのはいいかもしれないし、Pythonを極めて機械学習のプロになるということでもいいかもしれない、はたまた地方へ行ってスマホやPCを使いこなせない人にトレーニングするということも必要とされているかもしれない。一口にITと言っても色々なアプローチがあるので、自分にとって心地良い環境がどういうものなのか、「解像度」を上げた方がいいかもしれないですね。

大室 不安を解消するためのポータブルスキルを身につけていくことについては、多少なりとも傾向と対策があるわけですよね。

ただ「心地良い場所」、これが難しいんですよねー…。それを、動物的な勘で見つけられたら本当に幸せですよ。でも自分にとって心地良いか悪いかっていうのは、プライドが邪魔するから自分でもよくわからなくなる。ここは立派な会社だから、とかね。虚心坦懐(たんかい)に心地良い環境を考えるのって実は一番難しいんです。その「心地良い場所を見つけるセンス」みたいなところを突き詰めていくと、成育歴なども関わってくるので……。

塩野 1つのチェック項目は、「ここめっちゃ心地良いです」ってインスタグラムでアピールしてるうちは違うのかも。地方に移住したら急にnote(日記風SNS)が更新されるようになった、とか。

大室 やっぱり自分の選択は間違ってなかったよな、って自分の中で言い聞かせたいっていうのがありますよね。ただそこには、迷いが隠れているのかもしれない。

塩野 自分にずっと言い続けていると、自分のこともだませるという面はありますが。ただ、多くの人にとっては、得意なことで評価されるのが心地良いことだと思います。だから、気になることを色々試して、なんとなくこれ得意かもと思うことを頑張って、周囲の人も「いいね」と認めてくれるものに出合えたら90点ですよ。

自分に興味が向きすぎ? 長期化する「思春期」

大室 少し心配なのは、さっき塩野さんが仰っていたように、もしかしたら自分に興味が向きすぎているのかなという点ですね。自己愛は適切に持っていることが重要で。例えば圧倒的に自分に関心が向いているのが思春期。最近はその思春期が延びているんですよ。自分への興味はそこそこで、もう少し他の対象への興味、例えば子どもとか社会とか、外へ向いてくると少し変わるのかなという気はします。

思春期って、例えば音楽を作ったり絵を描いたりして、「オレって天才かも」と思った翌日に女子生徒に笑われたら死にたいって思うわけですよ。仮想通貨(暗号資産)ぐらい、自己評価のブレが大きい。

産業医の大室正志さん。産業医科大学産業医実務研修センター、ジョンソン・エンド・ジョンソン統括産業医や医療法人社団同友会の産業保健部門を経て、独立。現在、大企業からベンチャー、外資、独立行政法人まで30社以上の産業医を担当。著書に『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)など。

塩野 色々な面でボラティリティ(変動の幅)の高い時代ですね。自分の寿命より会社の寿命の方が短いことが多くなりましたし。

大室 大学や就職、出世競争などで社会的評価を固定されることはなくなって、「変動相場制」なんですよね。自分のスキルや知識が変わらなくても、会社の中でデジタルが優位になって、イケてなかった人が急にイケてる感じになれるチャンスの時代とも言える。一方でずっと変動相場制に自己をさらされているのは結構しんどいなとも思いますね。

塩野 変動するということはチャンスもあるわけで。昔は会社という村にずっと住んでいたけど、今は色々な村に転生できる。村でぎゅーっと抑圧されていた人もたくさんいたので、他の村で生きていける機会が増えたのはいいことですよね。

大室 そうそう、ドラマ「半沢直樹」みたいに出向で詰んだ、ということはなくて。「やりたいことが見つかっている人が幸せそうに見える」と話されている点についても、もう少し柔軟に考えてもいいかもしれない。私はよく、金融ビッグバン(大改革)と同じように、「アイデンティティーの規制緩和」が起きているという話をします。今までは金融で言う普通預金のように、会社に自分のアイデンティティーのほとんどを預けていたけど、今はそれを少しとり崩して、自分にとっての心地良さや、とれるリスクなどを勘案して組み替えていくことができるわけです。

中には、起業に全てをささげる、というようにハイリスク・ハイリターンの方向へ時間も金もライフも全突っ込みの人もいます。じゃあ、それができないからライスワークと割り切って家族との時間を楽しみにするとか、二分法じゃないんですよね。何を何パーセント持つか、ポートフォリオなんですよ。ライフプランに合わせてアイデンティティーの「ポートフォリオ」を組んでいく。ファイナンシャルプランナーみたいな話になっちゃったけど(笑)、そういう風に柔軟に考えられるといいですね。

(文・構成 安田亜紀代)

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