アップスキリング・リスキリングへの投資が必要
佐藤 デジタルトランスフォーメーションが進む中、社員のスキルと新規ビジネスに必要なスキルがマッチしないケースが出てきています。このようなスキルのギャップに企業はどのように対応すべきでしょうか。
グラットン そのためには人材の教育、つまり社員のアップスキリング(現在のスキルの延長線上にあるスキルの習得)、リスキリング(全く新しいスキルの習得)に投資しなければなりません。IBM、AT&TなどのIT企業や大手銀行はすでに人材教育に巨額の投資をしています。(注:AT&Tは2018~2020年の3年間で10億ドルを投資)。日本企業も同じように社員のアップスキリングとリスキリングを支援すべきです。
これから先、多くの仕事が人工知能(AI)やロボットにとってかわられるのは避けられないことです。金融業界を見てもわかるとおり、人間がやるべき仕事の内容は明らかに変わってきています。つまり社員は常にアップスキリング、リスキリングを続けていく必要があるのです。
だからこそ上司や人事担当者が一人ひとりの能力を理解することがますます重要になってきます。その上で、この社員の能力を最大限に生かすために会社は何ができるだろうか、あの社員の能力をさらに伸ばすために会社はどんな支援ができるだろうか、と考えていくことです。
一人ひとりの社員の能力を把握し、最大限に生かすことは、会社の成長に直接結びつきます。社員が学び続けることができ、その能力をいかんなく発揮できるような会社は、今後、ますます成長していくでしょう。
佐藤 一人ひとりの能力やスキルを正しく把握するためには、膨大な労力を要しますが、このような能力やニーズに基づいた人事制度は、何万人、何十万人もの社員を抱える会社であっても実現可能でしょうか。
グラットン 管理職や役員にとって最も重要な仕事は社員の能力を理解することです。どれだけ大きな会社であってもその本質に変わりはありません。この社員はどんなスキルを持っていて、どういう仕事が得意で、どんなキャリアを志向しているのかを理解すること。それこそがマネジメントの仕事の本質なのです。
佐藤 グラットン教授はロンドンビジネススクールで人気講座「未来の働き方」(Future of Work)を担当していますが、2030年、私たちの働き方はどのように変わっていると予測しますか。
グラットン 「未来の働き方」は私たちがこのパンデミック(世界的流行)を自らの働き方を大きく変えるチャンスとして生かせるかどうかにかかっていると思います。感染が収束したからといって、パンデミック前の働き方に戻すのは大きな間違いだと思います。何時から何時まで働かなくてはならない、通勤にどれだけ時間がかかっても毎日必ず出社しなくてはならない、といった非生産的な制度をいまこそ変えていくべきです。
パンデミック下で明らかになったのは、私たち人間は場所や時間の制約から解放されても生産的に仕事ができることです。この結果はこれまでの偏見を覆すものです。私たちはコロナ禍での学びを生かし、「未来の働き方」をより柔軟で生産的なものに変えていかなくてはなりません。
佐藤 最後にNIKKEI STYLEの読者にメッセージをお願いします。
グラットン NIKKEI STYLEの読者の皆さん、人生100年時代を生きる皆さんにはこれから先、素晴らしい人生が待ち受けています。どうか与えられた長い人生を最大限に生かし、実り多いものにしてください。新しいことを学べば学ぶほど、良い友人をつくればつくるほど、仕事を通じて社会に貢献すればするほど、人生は豊かになっていきます。何歳になっても周りの人や社会とのつながりを大切にして、世界により良い影響を与え続けていただきたいと思います。
ロンドンビジネススクール教授。専門は組織行動及び心理学。1955年英国リバプール生まれ。76年リバプール大学卒業。81年同大学にて博士号取得(心理学)。ブリティッシュ・エアウェイズ、PAコンサルティンググループなどを経て現職。2015年ロンドンビジネススクールにて最優秀教員賞を受賞。世界経済フォーラム「未来の働き方・報酬・雇用創出に関する評議会」の共同議長。17年、日本政府主宰の「人生100年時代構想会議」のメンバーに。主な著書・共著書に『ワーク・シフト』『LIFE SHIFT』『LIFE SHIFT2』。