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マネックスグループ社長 松本大氏

マネックスグループ社長 松本大氏

2021年2月から連載が始まったマネックスグループ社長の松本大氏による「ビジネスの視点」。これまでインフレや円安などの時事問題からキャリアの考え方、組織における人間関係、アートや教育までさまざまなテーマを取り上げてきました。最終回となる今回は、同氏が大切にしているという「他者を信じる心」や「Give(ギブ)の精神」について語ってもらいました。

「人を信じる」ことを教えてくれた友人

振り返ると、私は人との出会いにおいて非常に恵まれてきたと思います。特にいくつかの出会いは、私の人生観を大きく変えるものでした。

例えば「人を信じる」ということを教えてくれたのは、高校の同級生だった友人です。彼とは高校時代はそこまで親しくなく、大学も別々だったのですが、ある時「塾を始めたので手伝ってほしい」と声をかけられました。そこから一緒に塾の経営をし、やがて同じ建物で共同生活を始めてどんどん親しくなりました。そしてある時、「赤の他人なのになぜそこまで?」と驚くほど、彼が私のことを深く理解してくれていることに気づきました。

私は小学校5年の時、中学3年だった兄を病気で亡くしています。それもあって当時、心のどこかで「自分は独りぼっちだ」という寂しさやむなしさを抱えていました。そんな私に彼は、「たとえ他人でも家族以上の信頼関係を築くことができるのだ」と身をもって教えてくれたのです。

もちろん、誰でも彼でも信じられるわけではありません。でも根っこの部分で「この世の中には信じられる人がいる。きっと話せばわかりあえるはず」と思えるかどうかで、人との向き合い方や距離感が違ってきます。私は若い起業家から相談されたりアドバイスを求められたりした際、はた目からは「そこまで踏み込むの?」と思われるくらい深く関わることがあります。目の前の人を信じ、できるだけのことをしようと思うのは、やはり高校の同級生だった彼が私に与えてくれたあの時の安心感、うれしさを覚えているからでしょう。

その友だちに関してはもう一つ、忘れられない出来事がありました。私は20歳になるまで本州すら出たことがなく、21歳で初めて彼とアメリカを旅したのですが、その航空券をなんと彼のお母さんが買ってくれたのです。きっと、自分の息子との関係において私に何がしか期待するところがあったのでしょう。でもそうだとしても、アメリカとの往復チケットを買ってくれるなんて、普通は考えられません。

私もびっくりしました。でも同時に「そうか、自分がすべてを持っていなくてもいいのだ」と気づいたのです。つまり、自分の得意な領域があってそこで頑張っていれば、足りない部分は、案外、他の人が助けてくれたりするということです。それまで私は、あらゆることを全部自分でやらなきゃいけないと思っていました。そうやって頑張ることで、どうにか父よりちょっとだけ性能のいい会社員になれればいいという考えでした。でも、その出来事をきっかけに、お金も、出会いの中で受け取る恩もすべて「天下の回りもの」であり、人はそれぞれの得意分野で能力を発揮しながら、補い合えばよいのだという考え方に変わったのです。その感覚を、まだ社会に出る前に得ることができたのは実にラッキーでした。肩の力が抜け、ラクに生きられるようになったからです。そして人生そのものがすごく豊かになったとも思います。

「おまえはフレンドだからだ」と元・大ボス

仕事を始めてからも、私はいろんな人に恩をもらいました。新卒で入ったソロモン・ブラザーズでは、上司の上司の上司くらいにディック・レイヒーという大ボスがいて、とてもよく面倒をみてくれました。彼にはソロモンを辞める時も、その後、ゴールドマン・サックス証券をやめてマネックス証券を始める時にも相談をしましたが、いつも親身になってくれました。だからある時、「なぜそこまでしてくれるの」って聞いたんです。すると彼は「お前はフレンドだからだ」と言うんです。彼いわく、フレンドに「ちょっとフレンド」や「すごいフレンド」、「最近フレンド」「昔からフレンド」なんてない。「フレンドはフレンドだ」と。元上司や部下ではなく、純粋な「フレンド」。そういう考え方や関係性ってすてきですよね。

ゴールドマン・サックスではジェイコブ・ゴールドフィールドという上司が、これまた私のことをよく理解し、引き上げてくれました。そしてマネックスを起業する時、さらに事業を始めて以降は、元ソニー社長の出井伸之さんがいろんな意味で、私を導いてくださいました。出井さんもまた本当にGiving(ギビング)な人でした。Givingというのは「与える」というよりも、自分の持っているものを惜しみなく提供する、差し出す、というニュアンスです。今の私があるのは、そういう素晴らしい上司や先輩に、認めてもらえたり、いろいろなことを教えてもらったり、ガイドしてもらったおかげです。ですから恩返しをしないといけない。そして私にできる恩返しとは、同じようなことを若い人にすることだと思います。

つい先日も、ある高校生から突然、「松本さんのキャリアや市場についての考え方、それに自分が作った投資のツールについて、議論させてほしい」と会社あてにメールがあり、広報から「面会されますか?」と聞かれました。私は彼のために30分の時間を作りました。毎日スケジュールにほとんど余裕がないので、周りからは驚かれましたが、なぜ私がそうしようと思ったのか。それは、出井さんに話したいと思っていた私に、出井さんが会ってくださって、その結果いろいろ教えてもらえたという経験があるからです。

この世の中には信じられる人がいると思えるかどうかで、人との向き合い方や距離感が違ってくる、と話す

この世の中には信じられる人がいると思えるかどうかで、人との向き合い方や距離感が違ってくる、と話す

ギブするからこそ余裕ができる

そういうギブすることに関して、私は年齢は関係ないと思っています。私自身、急に最近始めたわけではなく、割と若い頃からやってきたつもりです。よく「ギブアンドテイクだ」なんて言いますし、たまにテイク専門のテイカーもいますが、私はテイクばかりしていると、自分の中がパンパンになって、何か新しいことを取り込もうにも、そのスペースがなくなっちゃうと思うんです。ギブするからこそ自分の袋に余裕ができて、新しいものを入れることができる。呼吸と同じだと思います。ちゃんと息を吐かないと次の息って吸えないじゃないですか。ちゃんと吐いたほうが酸素は入ってくるんです。

だから若くて成長したいと思っている人には特に、テイクするばかりじゃなく、自分のできるギブをすることをお勧めします。自分よりさらに若い人、あるいはお年寄りに。きっとそれは誰かの気持ちをほぐすことにつながるし、いつか何かの形で自分に戻ってきます。すべては天下の回りものですから。

(おわり)

松本大
1963年埼玉県生まれ。87年東大法卒、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券を経てゴールドマン・サックス証券でゼネラル・パートナーに就任。99年マネックス設立。2004年マネックス・ビーンズ・ホールディングス(現マネックスグループ)社長、13年6月から会長兼社長。08年から13年まで東京証券取引所の社外取締役、現在は米マスターカードの社外取締役を務める。

(ライター 石臥薫子)

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