「金を稼ぐ経験をせんと」と親から諭され、寿司のチェーン店で2カ月だけアルバイトをした。ここで後の起業につながる経験をした。店の奥はさながら工場みたいな空間。店長からバイトまで担当者ごとに詳細なマニュアルが作成され、それに沿って黙々と働くだけ。半自動システムのような仕組みだった。

「自分にはしんどい体験だったが、このシステムを発想し、構築した人はすごい」と妙に感心した。「医者がええで」と周囲は医学部受験を勧めたが、人体よりも物事の構造を解き明かし、創造する仕事をやりたいと考えるようになった。ノーベル賞受賞者を輩出した京都大学理学部に進んだ。

京大サークルでパソコン使い放題 プログラミングにのめり込む

だが、入学1年後には落第寸前になった。300人規模の巨大サークルに入った。部室ではパソコンがタダで使い放題だったからだ。再びネットにはまり、プログラミングにのめり込んだ。講義には顔も出さず、ほとんどの単位を落とした。

大学2年になり、サークルの仲間から「部室の主」なのだから、サークルの代表になってくれと頼まれた。「単位が危ないから無理」と断ると、サークル内で「加藤救済チーム」が発足された。講義やノートの代理業務と引き換えに代表を引き受けた。

50年以上の歴史を持つサークルは、しっかりしたシステムができあがっていた。予算が組まれ、各種イベントの開催や運営にあたる。リーダーの自分が手足を動かす必要はなく、各担当がそれぞれ機能している。「アーキテクチャー(基本設計)の力だな。ビジネスモデルと組織がうまくできている」と経営に興味を持った。

クラスターには多くのアバターが集まっている。

ただ、入学当初の希望通り、理学部で物理学を専攻。宇宙関係と量子コンピューティングの2つのゼミを掛け持ちし、2つの卒論を仕上げた。宇宙の発生から成長プロセスをスーパーコンピューターで解析して研究を推し進め、高い評価も受けた。

大学院に進んだが、ふと疑問がよぎった。「理論物理の世界は果てしない。アインシュタインのようなレベルに到達するなんてとても無理。このままアカデミアの世界を追求して意味があるのか」と自問自答し、悩んでいるうちに休学して下宿に引きこもった。

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