わかってきた多彩な働き 細胞の若さを保ち病気を予防抑制
細胞の中のものを包み込むオートファゴソームの直径は1㎛(1㎛は1㎜の1000分の1)。こんな小さな世界で行われているオートファジーだが、実に多彩な働きをしていることがわかってきた。
オートファジーが体に果たす働きは、大きく以下の3つに分けられる。
1 飢餓状態のときに栄養を作り出す
飢餓状態になったときに、細胞の中身を分解して栄養源にする。ぼぼ飢餓に近い状態で生まれてくる出生時のマウス体内では活発にオートファジーが起こっていることから人間でも同様だと推定される。
2 細胞内の新陳代謝を行う
日々、細胞の内側で分解と合成を繰り返す。「少しずつ、中身を壊しては新たなものを作るという働きは、車の部品を毎日少しずつ新品に交換することと同じ。オートファジーが続く限り、細胞は数十日単位で新車の状態に生まれ変わる」(吉森栄誉教授)。
オートファジーの仕組みは全身に約37兆個ある細胞すべてで起こっているが、特に重要なのが神経細胞や心臓の心筋細胞での働きだという。「胃や腸の表皮細胞は1日、赤血球は3~4カ月のサイクルで細胞が入れ替わるが、神経細胞や心筋細胞はほぼ一生入れ替わらないまま。だから、これらの細胞でオートファジーが正常に働かないと病気になりやすくなる。実際にオートファジーが働かない状態にしたマウスでは脳の神経細胞に問題が生じ認知症のような症状が出たり、心不全になったりすることがわかった」(吉森栄誉教授)。
3 体にとって有害な物質を狙い撃ちして除去する
オートファジーは細胞内にあるものをなんでもパクパク取り込んで分解する仕組みだと考えられてきたが、吉森栄誉教授はオートファジーには体に有害になるものを見分け、狙い撃ちして取り込む働きがあることを世界で初めて発見した[1](写真)。つまり、病原体を攻撃する「自然免疫」のような役割もオートファジーは果たしているのだ。
オートファジーが狙い撃ちするのは、病原体だけでなく、体内で増えると問題を起こす塊状態のたんぱく質(アルツハイマー病やパーキンソン病の原因となる)、穴が開いたミトコンドリアなど(活性酸素が漏れ出す)。「異常な排除すべきものだけに目印がつき、それを見分けて排除するという非常によくできた仕組みがあることもわかってきた」(吉森栄誉教授)。

[1]Science. 2004 Nov 5;306(5698):1037-40.
60歳頃からオートファジーの働きは低下
多様な働きを担うオートファジーだが、その働きは加齢とともに低下すると考えられている。「恐らく、オートファジーは60代ぐらいを越えると急速にその働きが低下する。各種の動物で加齢による低下が観察されているし、ヒトの免疫細胞などでも確認されている。抗体産生の低下やがん、パーキンソン病などオートファジーと関連する病気の発症率がこの年代で一気に増えることと関係があるかもしれない。まだ仮説の段階ではあるが、ある年齢に達してオートファジーが低下してしまうことが発がん率を高める大きな要因になっている可能性がある」(吉森栄誉教授)。
老化によってオートファジーの働きが低下する「スイッチ役」となるのは何か。吉森栄誉教授はオートファジーにブレーキをかけるたんぱく質「ルビコン」を発見した。そして、高脂肪食の摂取により脂肪肝になった肝臓ではルビコンが増えていることがわかった。人類の長い飢餓の歴史で、たまに食糧にありついたときに脂肪を肝臓に保持するため、オートファジーにブレーキをかける働きが作られたのでは、と吉森栄誉教授は推測する。
ではルビコンをなくしたらどうなるのか。ルビコンを肝臓で作れないマウスを遺伝子操作によって作ったところ、高脂肪食を与えてもオートファジーが低下せず脂肪肝にならなかった[2]。
さらに吉森栄誉教授は老化にも着目。老化とともに全身の臓器でルビコンが増える。そこで、ルビコンをなくした線虫(ヒモ状の動物。老化・寿命の研究でよく用いられる)で実験をすると寿命が1.2倍伸び、2倍ほど活動的になった[3]。

吉森栄誉教授は、「集団として生きるなかでヒトの体内で老化のスイッチを押すという仕組みが作られたのなら、それは“仕組まれたことだから阻止できる可能性がある”と考えている」と言う。
老化のスピードをゆるめることが今後可能になっていくかもしれない。
[2]Hepatology. 2016 Dec;64(6):1994-2014.
[3]Nat Commun. 2019 Feb 19;10(1):847.