官僚幹部の女性登用、前進も道半ば 長時間労働改善を
各中央省庁が発表した今夏の幹部人事で、農林水産省の事務方ナンバー2の次官級ポストに初めて女性が就いた。人事院では2代連続で女性の新総裁が誕生した。女性幹部職員は過去最多となり、女性登用は一歩進んだかに見える。だが長時間労働の是正など職場環境の課題は残る。最前線で活躍する女性たちに課題や改善策を聞き、今後の道筋を探った。
女性幹部、過去最多の39人 だが目標には遠く
「より職責の高いポストへの女性登用を進めている」。9月、加藤勝信官房長官(当時)は記者会見で、中央省庁の女性幹部職員が過去最多の39人になったと明らかにし、そう強調した。
今夏の人事では、農林水産審議官に就任した新井ゆたか氏や人事院新総裁の川本裕子氏らが幹部人事の目玉となった。新井氏は同省で女性として初めて次官級ポストに就任。川本氏は女性初の総裁だった一宮なほみ氏に続いた。
一歩進んだかに見える中央省庁の女性登用。だが目標には遠い。政府は昨年、2025年度末までに事務方トップの事務次官や局長ら「指定職」に占める女性の割合を8%に、課長や室長級は10%に増やすことを掲げた。だが内閣府によると、20年7月時点で指定職の女性比率は4.4%。課長や室長級職員の女性比率も5.9%にとどまる。
多様な働き方の要望をくみ取れる組織に 農水省・新井氏
背景には、男性中心に採用を進め、長時間労働を是とする働き方を続けてきた中央省庁の構造的な問題がある。
「定時に帰れると思っていたら緊急事態が発生して翌朝まで働いた、ということもあった」。農水省の新井氏はそう過去を振り返る。中央省庁は「皆が同じように働き、その人たちを組織として積み上げる『ようかん型』の仕組みになっている」と話す。
人事異動も多様な働き方を考慮しているとは言いがたい。新井氏は自身も出産を経て、働き続けてきた経験から「女性は、子育てなど『ライフ』に重きをおきたい時期と、『ワーク』に重点をおきたい時期の波がある」と話す。
現状では人事担当者が育児中の母親をひとくくりにし、楽なポストに配置しがちで「本人の意欲とのミスマッチが生まれる懸念がある」と言う。「表面が平らな『ようかん型』ではなく、でこぼことした『エクレア型』のような、多様な働き方の要望をくみ取れる組織に変わるべきだ」
働き方改革、業務効率化がカギ 人事院・川本氏
政府が女性登用を推し進める背景には「キャリア官僚」と呼ばれる国家公務員総合職の志望者が減少している側面もある。人事院が発表した21年度試験の申込者数は現行制度になった12年度以降で最少となった。もはや男性だけでは現場は回らない。
人事院の川本氏は働き方改革や業務の効率化の重要性を説く。「霞が関の長時間労働の問題は数十年にわたって指摘されてきた」と強調。複数企業で社外取締役を務めた経験などをもとに「中央省庁の業務の進め方は、オンライン化が進んでいるとは言い切れない。紙文化も少しずつ直していければ」と話す。
また長時間労働の要因として、かねてより問題視されているのが国会対応だ。官僚は議員が国会で翌日に質問する内容を事前に入手し、政府答弁を作る。ある若手官僚は「議員から質問をもらう時間が18時になる場合もあり、そこから答弁を作ると(終電時間を過ぎて)タクシー帰りになってしまう」と実情を明かす。この問題の改善も急務だ。
一方、働き方改革という面では明るいニュースも出てきている。20年度、男性の国家公務員(一般職・常勤)の育児休業の取得率は、前年度比23.4ポイント上昇の51.4%と、育休制度を設けた1992年以降で初めて5割を超えた。政府は20年4月から、上司が本人と相談しながら計画的に育休取得を進める取り組みを実施し、管理職らの人事評価にも反映させている。これらの施策が奏功したとみられる。
川本氏は「組織運営上の問題になるのは代替要員だ。女性の産休・育休中に(ワークシェアリングの活用を含め)代替要員を確保する取り組みは増えている。男性の育児休業に対する代替要員の準備も必要であることを周知していく」と説明する。
仕事のやりがいに魅力を感じる若手も
国家公務員の志望者が減る一方で、申込者に占める女性の割合が年々増えていることも、女性登用の面では前向きな話題だ。人事院によると女性の割合は21年度に初めて4割を超えた。
総合職で採用されれば、政策立案などに携わる将来の幹部候補として扱われる。民間に比べて安定した雇用環境や仕事のやりがいに魅力を感じる若手の女性は少なくない。
総合職試験を経て農水省に入省した2年目の落合真衣さんは「日本の停滞感をどう変えることができるか、考える側になりたかった」と官僚を目指したきっかけを語る。人口減や食の欧米化でコメの需要が減るなか、全国の農家を回り、一軒一軒にコメの作付け転換をお願いする取り組みなどを進めている。
労働環境には不安もある。「仕事の内容自体も労働時間の面でも決して楽ではない」と落合さん。そのうえで「日本の課題に向き合えるのは国家公務員ならでは」とやりがいを語ってくれた。
今後も女性の国家公務員を増やし、管理職まで育てられるか。働き方改革や幹部の女性登用に向けた一層の取り組みが欠かせない。
男女ともに悩める風土に
霞が関の一画には木造の外観をした保育所がある。夕方になると仕事を終えた男性官僚が子供を迎えにいく姿をちらほらと見かけることがあり、男性も積極的に育児にあたるのが当たり前という職場へと徐々に変わりつつあるのだと感じた。
それでもなお「子育てなど家庭との両立でいえば、いままで(の官僚)は奥さん側に頑張ってもらって何とかなっていた部分が大きかったのだと思う」(落合さん)との声があがる。若手の女性らが抱くキャリアへの不安は尽きない。男女ともに悩めるような組織風土の醸成はまだ道半ばだ。(千葉大史)
[日本経済新聞朝刊2021年11月22日付]
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