野心的製品を出せるタイミングではなかった

これだけ革新的な商品だったにもかかわらず、なぜニュートンは市場から受け入れられなかったのでしょうか。それは、一言で言えば、経営環境が変わり、ニュートンに対する「期待値が変わった」ことです。

アップルは見てきたように、スカリーのPDA構想以降、急激に本業のパソコンが不振となり、経営危機に陥ります。ニッチ商品を丁寧に育てていくような経営環境ではなくなってしまいました。明日にでも売り上げが必要という状況になってしまったのです。

ニュートンは元来、「時代を先取りした革新的商品」だったはずなのに、ターゲット顧客を広げることが求められ、製品コンセプトそのものも大きく変更する必要が出てきてしまいました。ニュートンにとって不幸だったのは、このようなニュートンのターゲット変更とそれに伴う戦略議論をじっくり行う時間がなかったということです。販売開始からわずか2カ月。本来はこれから市場と対話しながら育んでいこうというタイミングで、スカリーが退任となってしまったわけですから。  

このニュートンの事例は、経営と新製品のタイミングの重要性を教えてくれます。

革新的な新製品において、企業はインキュベーション(ふ化)機能を果たす必要があります。売り上げや利益などの見える数字が出ていない状況でも、顧客の態度変容などに目を向けながら、エコシステム全体に投資を行い、長期的な視点でコミットしていかなくてはなりません。製品が革新的であればあるほど、初期段階では長く赤字の谷が続き、ニーズが顕在化した段階で飛躍的な成長を遂げるものです。この成長のポイントを待てるか、という論点を見過ごしてはいけません。

言い換えれば、新製品リリースのタイミングを検討する際には、経営において新製品をインキュベートできるタイミングなのか、という見極めが重要になってくる、ということでもあります。製品開発の責任者であれば、製品そのもののクオリティーを高めていくことはもちろんのこと、経営全体におけるキャッシュの状態も含めた経営課題の所在を確認しておく必要があるのです。

しかし、ニュートンの「失敗」は全くの無駄だったわけではありません。ニュートンのOSに関わっていた技術者2人はピクソ社を作り、やがてiPodのOSを開発することになります。また同じくニュートンの開発に携わったグレッグ・クリスティーは、その後初代iPhoneの担当者となり、スライドによるロック解除といった機能を開発しました。アップルはニュートンとiPhoneの直接的な関係を認めていませんが、その開発に関わる暗黙知は確実に次世代機に引き継がれていたのです。

(構成 日経BP 竹田純)

荒木博行
 学びデザイン社長。住友商事、グロービス(経営大学院副研究科長)を経て、学びデザインを設立。フライヤーやNewsPicks、NOKIOOなどスタートアップ企業のアドバイザーとして関わるほか、絵本ナビの社外監査役、武蔵野大学で教員なども務める。著書に『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)、『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』シリーズ(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『世界「倒産」図鑑』(日経BP)など多数。Voicy「荒木博行のbook cafe」毎朝放送中。

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