30代でリクルートHD役員に なんくるないさーの突破力リクルートHD取締役兼常務執行役員兼COO 瀬名波文野氏(上)

リクルートHD取締役兼常務執行役員兼COO 瀬名波文野氏

ことし5月発表の2022年3月期連結決算で、売上収益・純利益ともに過去最高を記録し、人材ビジネスを手がける企業の中で「世界最大手」も射程に入ってきたリクルートホールディングス(HD)。取締役兼常務執行役員兼最高執行責任者(COO)を務める瀬名波文野氏(39)は、同社の成長の柱となったグローバル化をけん引してきた立役者だ。2020年の取締役就任の際は、「時価総額国内上位50社の中で最年少の取締役抜てき」と話題になった。

もともと3年で寿退社するつもりだったという瀬名波氏。その飛躍の原点とは。

野生児が勉強に目覚めた

「太陽のような」という形容詞をつけたくなる笑顔。パッションあふれる話しぶり。インタビューはその底抜けの明るさを育んだ出身地、沖縄の思い出話から始まった。

幼い頃の瀬名波氏。「秘密基地を作ったり、砂浜でカニの穴をほじくり返したり……日が暮れるまで外で遊んでいた」と振り返る

「子どもの頃は本当に野原を駆けずり回って遊んでいました。秘密基地を作ったり、砂浜でカニの穴をほじくり返したり。英会話やバレエなど都会のお嬢さんがするような習い事とは一切無縁で、この世に受験や塾というものがあることすら知りませんでした」

初めて受験の存在を知ったのは、小学校5年の頃。仲良しの友達が県内有数の進学校である昭和薬科大付属中を受験すると聞き、無邪気に「私も同じ学校に行く」と母に宣言した。公立中学校の教員だった母はそれが無謀であることを知っていたはずだが、一緒に近くの書店に行き、過去問を買ってくれた。

ところが張り切ってページをめくって仰天した。「お母さん、これ全部、問題の意味がわからないんだけど」……。早々に受験はあきらめた。だが、学校の成績はオール5だったため、もっと勉強ができる「塾」というものがあると知り、がぜん興味が湧いた。中学3年間は進学塾に通いながらバレーボールの部活にも熱中し、最終的には昭和薬科大付属高校に合格。部活の友人たちとは離れ、ひとり進学校に進むことになった。

しかし、高校生活が始まってみると、厳しい現実に直面する。

「最初はまったく友達ができず、慣れないバス通学で乗り物酔いもひどいし、なんとか学校にたどり着いても授業がさっぱりわからなくて(笑)。周りの優秀なクラスメートと比較して、自分はダメだと落ち込みました」

中学の同級生はみな同じ高校に進み、部活を続けたり、バイトを始めたりと青春を謳歌している。それなのに、どうして自分だけこんなつらい目に遭っているのか。なぜ、この学校に来ようなんて思ってしまったのか――。

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力みを取り除いてくれた母のひと言