礼儀を忘れた「焼きそばマン」

新型コロナウイルス禍が広がって以降は店頭でテークアウトを頼む客が増えた。注文した料理を受け取って、支払いを済ませれば終わりの単純な手順のはずだが、ここでも我が物顔に振る舞う客が現れている。

・店員 「ご予約のソース焼きそばができあがりました。●●様、会計をお願いします」

・客 「あのさ、2人で食べるから、器を2つに分けてくんねぇかな」

・店員 「すみません、お客様。私どもでは専用のプラスチックの容器を用意しておりまして、焼きそばの場合、こちらのどんぶり1個でのお渡しとなります」

・客 「いや、そうじゃなくて、2個に分けてくれっつってんだよ」

・店員 「ですから、衛生上の決まりとして、そいういった形ではご提供ができないことになっております」

・客 「そんなこと、予約のホームページには書いてなかったぞ。客が食べやすいようにしてくれってだけなんだから、文句を言わずに、さっさとやれよ」

・店員 「(キッチンに引っ込んで)では、どんぶり2個でのお渡しでよろしいでしょうか。その場合、パッケージとビニール袋の代金が別にかかりますが」

・客 「1人前は680円って、ホームページに書いてあるじゃねぇか。それ以上は1円も払わねぇぞ」

・店員 「では、今回はサービスということで」

・客 「おい、紅しょうがは半分にするなよ。2人前なんだから、2倍だぞ。気がきかねぇなぁ」

コロナ禍でどこの飲食店もやりくりに苦労している。苦しい状況の中での衛生管理に気を配ったオペレーションには感謝を禁じ得ない。それなのに、エッセンシャルワーカーへのリスペクトを欠いたこの「焼きそばマン」の振る舞いは、当たり前の感謝すら忘れてしまっているようだ。

基本的な勘違いは「金を払っている」という意識に根差しているように感じる。対価を支払っているのだから、相応の商品・サービスを期待するというのは、必ずしもおかしな認識ではない。しかし、客は「いばり料」や「罵倒チャージ」まで負担してはいないし、店側はそんな付加的サービスを提供してもいない。「売ってくれてありがとう」「どういたしまして、こちらこそ」が交差するやりとりが本来の望ましいありようだろう。

職場でも似たような勘違いが起こりがちだ。「給料を払っているのだから」という思い込みから、部下をどなりつける上司は「納豆男」や「焼きそばマン」と大した違いがない。そもそも給料を支払っているのは勤め先企業であり、上司本人ではない。不寛容な態度への批判が強まる中、こうした言動は次第に評価が下がる原因となりやすい。「使えねぇなぁ」とくさした上司は「企業人として使い物にならない」という、自己への評価を呼び込みかねない。

かつて傑作テレビドラマ「王様のレストラン」で、ワインの注文を巡って騒ぎを起こした客に、松本幸四郎(当時)が演じた伝説のギャルソンはこう言った。「私は先輩のギャルソンに、お客様は王様であると教えられました。 しかし、先輩は言いました。王様の中には首をはねられた奴も大勢いると」。職場で「品格レス」な言葉を吐いても、首をはねられる心配はないだろうが、首(居場所、ポジション)が危うくなるリスクは十分にありそうだ。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。