
作り始めから、待つこと5分程度で「紀州鴨中華そば」が完成した。和歌山県の太田養鶏場で伸び伸びと育った紀州鴨に、真昆布・国産野菜を合わせ、じっくりと丁寧に炊き上げたスープは、スープの表面に浮かぶ鴨脂の厳かな香りも相まって、ひと口すすった瞬間、ふわりと優しく膨らむ上質な和風味に、思わず、感嘆のため息が漏れ出してしまうほど。
このスープに合わせるカエシも、こだわりにこだわり抜いたもの。しょう油発祥の地・和歌山県湯浅のたまりしょうゆ「九曜むらさき」に、名門醸造所・岡直三郎商店(東京都町田市)の「日本一しょうゆ」を合わせたタレは、味わえば味わうほどに、体感できるうま味に奥ゆきが生まれるこん身の出来栄え。
鴨&昆布が持ち合わせる素材本来の等身大のうま味を、カエシが際立たせ、ワンランク上の高みへと押し上げることに成功している。個性的なうま味が特徴的な「鴨」と、強靭(きょうじん)な味わいが印象深い「カエシ」。この両者を見事に融合させ、新たな味わいを生み出すギミックは、まさに作り手の研さんのたまものに他ならない。
このスープを過不足なく持ち上げ口元へと運び込む、手もみ麺の活躍ぶりも、特筆に値する。かみ締めれば、宙を舞う小麦の香りが鼻腔(びこう)をくすぐり、手もみによって生じるメリハリ豊かなすすり心地が、悦楽に満ちたものであることを、いや応なく教えてくれる。
鮮度を保持するために丸鶏の状態で直送され、店内の工房でさばかれる、トッピングの鴨ロース肉とモモ肉の味わいが極上であることは、改めて申し上げるまでもないだろう。
気が付けば、丼が空っぽになってしまっていた。オープンからわずか2カ月程度で、既に営業時間中は長蛇の列ができる人気店となった『鴨中華そば楓』。大幅リニューアルを果たした1号店とのコラボレーションで、今後、八王子エリアにどのようなラーメン旋風を巻き起こすのか。ラーメン好きなら、その動向から目が離せない。
(ラーメン官僚 田中一明)
1972年11月生まれ。高校在学中に初めてラーメン専門店を訪れ、ラーメンに魅せられる。大学在学中の1995年から、本格的な食べ歩きを開始。現在までに食べたラーメンの杯数は1万4000を超える。全国各地のラーメン事情に精通。ライフワークは隠れた名店の発掘。中央官庁に勤務している。