大学院でUI(ユーザーインターフェース)デザインを精力的に学んだ文君さんだったが、就職活動は苦戦した。北京の大手企業を中心に、プロダクトマネジャーやユーザーリサーチなどの職種に履歴書を送ったが、なかなか通らなかった。最終的には「運と縁が重なった」。ある時、授業に大手IT企業の香港エリア総責任者がゲストスピーカーとして招かれた。その際たまたまプレゼンの順番が回ってきたのが文君さんのグループ。プレゼンを終えた文君さんは、責任者の目に留まり、本社でのデザイナーのポストのオファーを受けたのだ。

新卒で最大3600万円の年収 シリコンバレーより魅力

中国のデジタル化と比例するようにIT企業は近年、人気の就職先となっている。毎年中国の各大学が発表する卒業生の進路状況についてまとめた報告書「卒業生就職質量報告」を見ると、いわゆる「名門大学」を卒業した学生の就職先は、大手IT企業が上位を占める傾向にある。中国青年報が21年9月に発表した、中国各地の大学生2700人を対象にしたアンケート結果でも実に6割以上がIT企業への就職を希望している。IT業界の人気は留学組についても同様で、中国の求人サイト大手「智聯招聘」が発表した「2020中国帰国者就職・起業調査報告」によると、帰国者のエントリー先はIT関係が約22%でトップだった。

文君さんもその傾向は感じているようで、「ネット関連で言えば、かつての留学生はグーグルのようなシリコンバレーのIT企業での就職を希望していましたが、今は中国にもそれに匹敵するような企業があるので、留学生たちが中国に戻って働きたいと思うようになっている」と話す。

中国のIT企業が多数集まる深圳(写真はPIXTA)

そうしたIT企業のトップに君臨するのがBATH。中には、高度な専門スキルを持った新卒に最大201万元(約3600万円)の年俸を提示するという大胆な採用戦略が報道され、話題になった企業もあるが、実際のところどうなのか。

中国のITコンサル企業に勤める管理職の男性に話を聞いてみると、BATHレベルになると年収1千万円以上の社員は「ざらにいる」という。「中国の場合、新卒の給与は低めに抑えられる。一方で、脂が乗ってきた30歳前後でマネジャーやディレクターといった肩書が付くようになると、一気に上がる傾向がある」。ボーナスの幅も大きく、極端な場合、1回の賞与が10~12カ月分というケースもあったそうだ。

「2年以上同じ会社にいることは珍しく、ボーナスをもらったら、より良い条件の会社へうつる。最近も同僚のエンジニアが、大手から3倍の給与のオファーで引き抜きの声がかかっている、と話していた。そういう会話は日常的にある」

「35歳の危機」 高待遇でも油断ならず

早ければ20代後半で高給がもらえる中国のIT大手だが、それは厳しい前提がある、と先述のITコンサルの男性は付け加える。「40歳ぐらいまでにアーリーリタイアというか、第一線から引くことを念頭に置いている人が多い」

中国のIT業界には「35歳の危機」と呼ばれる現象があるという。次々と新しい技術が生まれ、すさまじいスピードで変化を続けるIT業界は長時間労働も当たり前、気力も体力も消耗が激しい。それゆえ35歳ごろまでに、今のポジションでそれなりの成果を出すことができなければ、意欲と体力のある若い人材に取って代わられる。

「成果を残さなければ簡単に淘汰される。常に危機感を意識している」と文君さんも気を引き締める。競争の激しい中国では、大企業に入るのがゴールではなく、むしろそこからがスタートだ。

(ライター 橋口いずみ)