カナダ・フォーゴ島で創作を 人と自然がアートを生む

ナショナルジオグラフィック日本版

フォーゴアイランド・インにあるアートギャラリーには、島で制作されたアーティストの作品が展示されていた。©Masayo Hando

カナダの東の果てにあるフォーゴ島が、世界の注目を集める観光地になることができた理由の一つに、アートの力がある。

タラ漁という唯一の収入源を失った島を再生するきっかけとなったのは、ジータ・コブの手によるホテル「フォーゴアイランド・イン」であることは間違いない(参考記事)。しかし、最初にジータが着手したのはホテル事業ではなく、アートを「てこ」にした「フォーゴアイランド・アーツ」というプロジェクトだった。

ジータは自分の兄弟と一緒に慈善団体「ショアファスト財団」を設立し、島の住民を対象に芸術関連の教育や研修、留学支援などの活動を始めた。次に島の絶景スポット4カ所にアートスタジオを建設、世界各地からプロのアーティストを招き、数週間から数カ月間、このスタジオに長期滞在して創作活動をしてもらうプログラムを立ち上げた。

スタジオの設計を手掛けたのはフォーゴアイランド・インと同様、ニューファンドランド出身の建築家トッド・サンダース。四つのスタジオはそれぞれ特異な形をしながらも、島の自然と伝統に溶け込むデザインだ。

ポツンとスタジオ

フォーゴ島の東、北大西洋に面したスクイッシュ・スタジオ。氷山のようにも見える。©Destination Canada_Chris Hendrickson

海岸近くにポツンと建つアーティスティックなスタジオ。その風景そのものが、まるで現代美術のようだ。都会のような光や音はここにはない。見えるのはフォーゴの自然と島の人たちの暮らし。聞こえるのは、フォーゴの自然と島の人たちが生み出す音と声だけだ。フォーゴ島と一体となりながら誰にも邪魔されず作品づくりに没頭する。このスタジオは世界のアーティストの心をつかんだ。フォーゴ島での創作活動を希望する問い合わせは後を絶たない。

世界中からやって来たアーティストの作品は、ホテル内のアートギャラリーで行われる講演会や展覧会で披露されるほか、書籍として出版もする。こうした取り組みを通じ、フォーゴ島の人たちと世界のアーティストがつながっていく。お互いに刺激を与えあいながら新たな気づきを得たり、領域を超えてさまざまなことに思いをめぐらしたりする機会が創出されていく。

ジータがなによりもアートの力を信じるのは、ある映画の存在があるからだ。1960年代後半、フォーゴ島で伝説的なドキュメンタリー映画「フォーゴ・プロセス」が撮影された。映画の力でコミュニティの連帯や社会変革を促すため、カナダ国立映画庁のチャレンジ・フォー・チェンジ(Challenge for Change)プログラムの一環として映画はつくられた。映画は、沿岸タラ漁の崩壊で苦しんでいた島内の集落ひとつひとつに光を当て、住民の声に耳を傾けるものだった。

当時のフォーゴ島は、生活の糧であるタラ漁を失い、政府は住民に島からの退去を迫り、まさに危機的な状況にあった。故郷で生き抜くためには、この難局を切り抜けなければならない。当時、小さな10の集落が島に散らばっていたフォーゴ島では、集落間の交流はなく、お互いにずっと孤立してきた。

自分たちの物語

フォーゴアイランド・イン・シネマではカナダ国立映画庁の作品やフォーゴ島を撮影したドキュメンタリー映画も見ることができる。©Masayo Hando

映画監督コリン・ロウは27の短編映画を製作し、フォーゴ島の暮らしと住民の声を記録し、住民を前にその映画を上映して見せた。人々は、カメラに映し出されたほかの集落の住民が生活の不安や悩みを打ち明ける姿を目の当たりにし、初めて島のみんなが同じ問題や苦難に直面していることを知った。隣人の言葉が胸に響いた。共感から連帯の気持ちが生まれ、交流のなかった集落同士の対話が始まった。みんなで助け合い、船を調達し、沿岸タラ漁から沖合漁業に転換することを決断した。映画が島の未来を切り拓くきっかけをつくった。

島の人たちは、映画や芸術が自分たちの物語を伝える媒体となり、意識改革を促し、伝統や知恵、文化や暮らしを保持するための後押しをしてくれたことを決して忘れない。ジータにとってもそれは同じだ。この経験があったから、ジータはアートの持つ力を信じ、フォーゴアイランド・アーツというプロジェクトを構想したのだ。

フォーゴアイランド・インの中には、シアターがつくられた。客室が29しかないこじんまりしたホテルに設置された本格的なシアター。それは島の歴史においても初めての映画館となった。

フォーゴアイランド・アーツは、あのドキュメンタリー映画「フォーゴ・プロセス」の担った役割を受け継いでいると言えるだろう。フォーゴ島にとって、アートは観光と一体となり、フォーゴ島を世界と結びつける役割を果たしている。

この連載はカナダ観光局の提供で掲載しています。

著者 半藤将代(はんどうまさよ)
早稲田大学第一文学部卒業後、トラベルライターやイベント・コーディネーターとして十数カ国を訪問。その後、アメリカに本社を置くグローバル企業で日本におけるマーケティング・コミュニケーションの責任者を務める。 1999年、カナダ観光局に入局。日本メディアによるカナダ取材の企画やコーディネートに取り組む。2014年には、単なる観光素材の紹介にとどまらない新たなコンテンツ・マーケティングの可能性を開くため、オリジナルコンテンツを満載したウエブサイト「カナダシアター」を開設。カナダの文化や歴史、アートなど、あらゆる分野の読み物や動画を活用して多彩なストーリーを展開した。2015年、カナダ観光局日本地区代表に就任。通年でのカナダ観光の促進や新しいデスティネーションの商品開発を推進。現在は、ニューノーマルにおける新しい観光のあり方を模索している。