人種差別問題が常に取り沙汰される米国。多様な人種がいるが、「ボランティアには協力的で温かい米国人が多かった」と振り返る。当時は外交官か弁護士になりたいと考えていた。希望通り慶応大学法学部に進んだ。幼い頃からアジア、そして米国を回り、やっと日本に戻ってきた。外交官や弁護士になるためには難関の国家試験を突破しなくてはいけない。しかし、山本さんは部屋に引きこもり、黙々と勉強するタイプではない。常に行動し、その活動が評価されてきた。ここは日本と海外の違いだ。

若い社員が毎月増えている。

大学ではバスケットボールのサークルに属しながら、政治家の下で活動するNPO法人「ドットジェイピー」での活動に励んだ。そこで大使館向けのインターンシップ(就業体験)プログラムを実施するチームを設立し、アフリカや中東など50カ国近くの大使館を回った。インターンシップと試験勉強の両立は難しい。途方に暮れる中、海外でもう一度リセットし、法律や政治の勉強に本腰を入れようと考えた。

英エディンバラ大学に1年間留学した。アジアから米国、そして欧州へ。幅広い海外体験は難関試験の突破にもプラスになると考えたからだ。エディンバラ大は発明家のグラハム・ベルなどを輩出したスコットランドの名門大だ。しかし、「授業は週4回ほどで、意外に余裕があった」という。課題も想像ほどハードなものではなく、日本で受けていた講義と大きな差は感じなかった。

英大で体験 「自ら考え、調べて学ぶ」

ただ、雰囲気の違う空間が1カ所だけあった。図書館は熱気にあふれ、常に学生であふれていた。「誰かに教えてもらうのではなく、自ら考え、調べて学ぶ。やるか、やらないかは自分次第だ」と悟った。

帰国して大学4年生になった。弁護士になるための予備校に通ったが、「これ以上、親に負担はかけられない」と学費は自身で賄うことを決めた。とは言っても、毎日アルバイトをしていては、勉強に時間をあてられない。そこでビジネスコンテストに出場し、その賞金を学費にあてようと考えた。当時はビジコンブームだった。「いくつかのビジコンで100万円を超える賞金を手にした」と笑う。海外で多様な経験を積み、プレゼンテーション能力が高いことが評価された。だが、起業がそんなに甘いものではないことは後に痛感した。「机上の空論だった」と振り返る。

ビジコンに挑戦するうちに、起業モードに突入していった。ある通信関連の企業から子会社の立ち上げのプロジェクトに参画するチャンスが巡ってきた。事業のアイデアや計画作りで100本ノックを受けた。ツイッターなどSNS(交流サイト)を駆使して仲間を集め、事業計画作りに夢中になった。結局、その子会社ではなく、自身で起業することにした。

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転職先決定のマッチング期間 相場の3分の1