「ゴミだらけでした」とラスリー氏は言う。「次にスペイン語を、さらにラテン語を試しました。どちらもだめでした」
最後に、フランス語を使ってみた。ラスリー氏は、このプログラムは数十万、もしかすると百万以上の組み合わせを実行しただろうと推測する。その過程で、フランス語の「fils(息子)」や「Ma liberté(私の自由)」など、女性的な文法で書かれた、識別可能な言葉が現れ始めた。
「人が自分の自由について書くのは、自由でないときだけです」とラスリー氏は言う。「ですから私たちは、この手紙を書いたのは監禁されている母親だと考えました」
3人は識別可能なフランス語の言葉が見つかるたびに、その言葉をプログラムに組み込み、解読の精度をより高めていった。その結果、エリザベス1世のスパイであるウォルシンガムという名前に行き着いた。
「そのときから、手紙を書いたのはメアリーではないかと推測し始めました」とラスリー氏は話す。「けれども、その手紙を数人の歴史家に見せたところ、『そんなことはあり得ない、時間の無駄だ』と言われてしまいました」
メアリーの謎を解く
3人の分析は数カ月に及んだ。しかし、コンピューターでは内容の3分の1程度しか解くことができなかった。彼らはこのとき、アルファベットの文字だけでなく、人名や単語の一部も暗号化されていることに気づいた。そこで3人は、既存のパターンと言語学的文脈に基づいて、手作業で空白を埋めようとした。ラスリー氏はこれを、世界で最も大きく、最も入り組んだクロスワードパズルに例えた。
「信じられないくらい時間がかかりました」とラスリー氏。「私たちは皆、本業を持っているので、このプロジェクトを進められるのは夜と週末だけです。丸1年かかりました」
解読を完了したラスリー氏は、英ケンブリッジ大学クレアカレッジの歴史学フェローで世界的に有名なメアリー・スチュアート研究者であるジョン・ガイ氏に結果を持ち込んだ。ガイ氏は、既存のメアリーの暗号と照らし合わせ、57通の手紙を本物と認めた。
「驚くべき研究成果です」とガイ氏は言う。「メアリー・スチュアートについてこれだけ重要な発見があったのは100年ぶりです」
ガイ氏をはじめとする歴史学者たちは、これらの手紙に記された膨大な内容を調べ始めたばかりである。すべて中世フランス語で書かれており、複雑な語法や構文から成る。
すでに多くの歴史的大発見がなされている。多くの手紙に、エリザベス1世の顧問官を買収する試みやエリザベスとフランスのアンジュー公(メアリーの義理の弟)との結婚の画策など、メアリーの抜け目のない政治的策略が記されていた。スコットランドの王位を奪還するための努力やエリザベスの暗殺を企てた1583年のスロックモートン陰謀事件への関与について書かれた手紙もあった。

デシルバ氏は「詳細が明らかになるにつれて、メアリーの行動だけでなく、この時代のカトリック連盟の強さやヨーロッパ諸国間の歴史的緊張にも新たな光を当てることになるでしょう」と語る。
メアリーの暗号とその解読に関する詳細を記した解読チームの学術論文は、2月8日に暗号専門誌『Cryptologia』の特別号にて発表された。この日はメアリーが処刑された日でもある。
ラスリー氏は「手紙は非常に長く、複雑で、理解するのは容易ではありません」と言う。「歴史学者たちは、これから何十年も、この手紙の解明で忙しくなることでしょう」
(文 Kathryn Miles、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2023年2月10日付]