――食の米中対立は一筋縄ではいかないですね。

「習近平政権は2021年に『反食品浪費法』を制定・公布して従来の『光盤運動(皿の料理を残さず食べるという意味)』を後押ししました。国際情勢を反映して、食料安全保障の姿勢をハッキリ打ち出しています」

日本での普及、昭和天皇の影響力も

――日本で中国料理の普及に影響力があったのは誰でしょうか。

「実は昭和天皇は影響力のあった一人です。皇太子時代に皇族として初めて台北を訪問し(1923年)現地の料理を賞味しました。シェフら8人は1週間前から隔離されて斎戒沐浴(さいかいもくよく)したというから、当時の雰囲気を感じさせますね。帰国後は宮中の料理に中国料理の要素が加わりました。『天皇の料理番』とも言われた料理長の秋山徳蔵氏はフランス料理の専門家ですが、半年間も上海などで中国料理を研究しました」

「銀座アスターの創業者、矢谷彦七氏は東洋汽船に勤める国際派でしたが、1926年に独立して東京・銀座で中国料理店を開業しました。ハイカラな高級ムードが売り物で、当初は米国風の中国料理も提供し、戦後は日中文化を融合させた中華のお節料理も売り出しました。また安藤百福・日清食品社長は欠かせません。美味しい・飽きない・保存性・手間要らず・衛生的なインスタントラーメン(チキンラーメン)を発売しました。さらにカップヌードルで日本の枠を超えて中国料理のグローバル化にも貢献しました。厨房からの料理人としては陳健民氏。20世紀前半には四川料理は日本にほとんど入っていませんでしたが、1952年に『四川飯店』を開店し、料理学校開設やテレビ出演もして。辛い=美味しいという新しい感覚を定着させていきました」

――現役世代では誰に注目していますか。

「もし1人挙げるならば、『茶禅華』の川田智也シェフになるでしょうか。日中双方の著名な料理店で修行し、中国料理の伝統的な技術を重んじつつも日本の食材の味を最大限生かした『和魂漢才』の日本式中国料理の新たなジャンルを切り開いたとして評価されています」

――中国料理を知っていると、ビジネス現場でも役に立つことが少なくないようです。

「大資本の事業とは異なった華人らの地味で長期的な取り組みが中国料理をグローバル化させ、そこでは日本人をはじめとするアジアの人々も大きく貢献しました。近年には『料理資本』という言葉が生まれるほど、食の知識・経験が改めて注目されています」

(聞き手は松本治人)

岩間一弘
 1972年生まれ。慶応大文学部教授。2003年に東大大学院総合文化研究科修了。千葉商科大教授などを経て現職。専門は東アジア近現代史、中国都市史、食の文化交流史。著書に『上海大衆の誕生と変貌―近代新中間層の消費・動員・イベント』、『中国料理と近現代日本―食と嗜好の文化交流史』(編著書)など。

中国料理の世界史:美食のナショナリズムをこえて

著者 : 岩間 一弘
出版 : 慶應義塾大学出版会
価格 : 2,750 円(税込み)

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