
「イタリア料理とは、イタリアの地方料理の集まりである」――。イタリア料理好きならこのフレーズを、耳にタコができるほど聞いてきたことだろう。イタリアでは、気候や風土の違う、その地方にしかない産品を使うことによって、地方独自の料理が生まれてきた。その料理が希少な産品を広く知ってもらうきっかけとなり、生産者の励みや支えとなって、観光にもつながっている。今、日本の地方のイタリア料理にも同じような流れが起きている。いわば「地方活性化イタリアン」が次々と生まれているのだ。
岡山県の倉敷美観地区は、白壁の蔵屋敷など古い町並みが続く観光地区。その一角にあるのが「くらしき 窯と南イタリア料理 はしまや」(以下「はしまや」)である。この店の楠戸伸太郎オーナーシェフは、この地で明治初期に創業した老舗呉服店に生まれ、楠戸シェフの時代になって店舗だった古民家をイタリア料理店に改装した。楠戸シェフは、岡山県北部と南部で大きく異なる気候・風土から生まれた幅広い産品を積極的に使っている。

初夏にこの店を訪問した。その日のスープは、モモのスープ。岡山県といえば誰もが思い浮かべる代表的な果物がモモだ。夏になるとモモのパスタは全国のイタリア料理店のメニューに登場する。楠戸シェフが6月下旬に使うモモは、県内で最も早く収穫される総社市の露地栽培の早生(わせ)品種のモモ「はなよめ」。甘さは控えめながらも豊かな香りのこのモモのよさが、スープに生かされている。上には、塩こうじに漬けたシソを乾燥させたユカリを振り、甘味と塩気のマッチングを楽しむ。
メイン料理の1つは、「揚げ穴子の麹(こうじ)トマトソース」。丸本酒造(岡山県浅口市)の日本酒「竹林」のこうじを使ったトマトソースに、自家製コチュジャンをしのばせて味に奥行きを出している。トマトはワッカファーム(岡山県瀬戸内市)が農薬や化学肥料を使わず露地栽培で育てたサンマルツァーノ・タイプ。アナゴも、ソースに隠れたハマグリも、岡山県の瀬戸内地方名産の海産物である。

手打ちパスタの1つは、「サフランを練りこんだタリオリーニ 山ウドとナスのソース」。パスタは、「しらさぎ」という岡山県ほか瀬戸内地方特産のコムギを石臼でひいた粉を使っている。かつて四国の讃岐うどん作りにもこの「しらさぎ」が使われていたほど人気だったが、2010年代になって岡山県の奨励品種でなくなり、生産農家が少なくなった希少品種だ。
器は骨董の陶器を好んで使う。「曽祖父が器や小物が好きで集めていたんですよ」と楠戸シェフはいう。倉敷に根づいて約250年になる楠戸家には貴重な骨董の陶器が多く残されていたせいか、父の時代に、陶芸家の浜田庄司や河井寛次郎、バーナード・リーチが訪れたこともあるという。
古民家を街並みごと生かし、骨董を大切に使うことは、環境を守ることにもつながる。その点も注目されたのか、同店は「ミシュランガイド岡山2021」において、環境やサステナビリティー(持続可能性)への配慮を評価するグリーンスターが与えられたのだった。新型コロナウイルス渦中では地元の常連客に支えられたものの、もともと観光地区にある同店が世界的なグルメガイドに評価されることで、さらなる観光客を呼び寄せることになった。