しゃべりも名手の藤井聡太五冠 手筋をなぞってみると

将棋界が熱い。盛り上げている最大の立役者は藤井聡太五冠だろう。歴史を書き換え続ける棋力は言葉を失わせるほど。しかし、実は藤井五冠は言葉のほうでも名手だ。今回はデビュー以来の「語譜」を振り返って、「藤井流」の見事な手筋をなぞっていきたい。

藤井流の際立つ魅力はボキャブラリーの多様性にある。将棋界最年少の19歳6カ月で五冠となった後の記者会見では、「将棋を富士山に例えると、今は何合目を登っているイメージか」という質問を受けて、「将棋は本当に奥が深いゲーム。どこが頂上か全く見えないので、(森林を形成できない境界線の)森林限界の手前というか、まだまだ上の方には行けていない」と答えた。

正直に認めるが、「森林限界」という言葉は初めて聞いた。国語辞典で調べてみると、かなり味わいの深い表現だ。背の低い高山植物しか育つことができなくなる、山岳地での地理的な境目のことで、樹木が生い茂るゾーンの終わりという意味があるという。「高木限界」ともいう。背の高い樹木が消えるので、森林限界を境目に景色が様変わりするという。

将棋の言葉は奥行きが深い(写真はイメージ) =PIXTA

つまり、藤井五冠はタイトル戦8大タイトルのうち、過半数となる五冠を制したことによって、数字のうえでは「将棋界の絶対王者」になったのではないかという含意を帯びた質問に対して、やんわりとした謙譲の物言いで応じたとみえる。背の高い樹木は、直近の王将戦で敗れた渡辺明二冠を含む、並み居る手練れの将棋指しの比喩だろう。彼らを高い木立に見立てて、「自分はまだ高木帯に埋もれた存在」と位置づけた格好だ。

藤井流トークの見事な特質は「ストレートに受け答えしない」という点にもある。今回の場合でいえば、この質問パターンは割とありふれていて、一般的な返答のパターンとしては「そうですね、ようやく五合目にたどり着いた感じでしょうか」「いや、まだまだふもとのあたりです」といった答え方が多い。質問の意図としては、控えめな達成感をコメントとして引き出し、見出しに取ることを狙っているだろう。その意味からいえば、半ば「お約束」のような受け答えだ。多くの回答者が似たり寄ったりの応じ方を選ぶので、やや陳腐な受け答えとなりがちだ。

しかし、藤井五冠はそんなありきたりの「儀式」にすら手を抜かない。常にオリジナルな指し手を探究し続ける、将棋での取り組みに重なるかのように、言葉選びにも「藤井流」を貫く。八冠の過半数という節目に、「8分の5=五合目」程度の常識的なリターンを選ばず、自分よりずっとプロ経歴の長い先輩たちをおとしめない「森林限界」というスペシャルタームをひねり出した。増長を戒めるニュアンスを込めつつ、将棋の深遠さまで表現したこの手筋は、とても人工知能(AI)の予測が及ぶところではないだろう。

しかも、この切り返しをやってのけたのは、記者会見という「早指し」の場だ。即答が求められる。長考は許されない。実際には「うーん、そうですね」程度の余白はつくっているものの、ほぼスムーズに受け答えしているようだ。大一番で繰り出す、魔法のような「鬼手」とは違い、記者会見後のパワーワード用として日ごろから練っているとも思われない。つまり、その場で言葉を選んでいるのだとすれば、驚くべき言葉選びのセンスと言わざるを得ない。

ありきたりの応答を避けるのは、ビジネストークでも役立つスキルだ。議論の流れを変えるゲームチェンジャーになれる。コツは藤井流が示す通り、「ストレートに応じない」「異界ワードをぶっ込む」の2点。藤井五冠と違って、即座に切り札的な言葉をひねり出す自信がないなら、日ごろからノートに書きためて、出番が来たら、すぐに投入できるよう、準備しておくほうがよいだろう。

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対決の構図をずらす話術