
フランスのベルサイユ宮殿に足を踏み入れると、すべての人が仰天する。17世紀の訪問者を驚かせ、現在も年間800万人の訪問者を感動させているのは、その巨大なスケール、ふんだんに使われている大理石、フレスコ画だけではない。庭園もルイ14世の権力の象徴であり、その秩序ある幾何学構造はフランス式整形庭園としてヨーロッパで広く模倣された。
しかし、宮殿庭園のオランジェリー(温室)に隣接する「王妃の木立(Bosquet de la Reine)」は、幾何学的な精密さとは対極にあった。マリー・アントワネットが最高の植物学者、建築家、園芸家を集め、18世紀の王宮の詮索と厳格な規則から逃れるためにつくった隠れ家だ。
左右対称の壮大な庭園が大仰なパーティーや花火の祭典の舞台となる一方で、王妃の木立は緑のカーテンに隔たれた空間だった。木々に覆われた長方形の敷地は、英国式庭園からインスピレーションを得ている。曲がりくねった小道は低木に縁取られ、あずまやや花が咲く歩道とつながっている。そして、休憩用のベンチがあちこちに置かれている。

この区画は2世紀以上にわたって存在していたが、1999年、欧州を襲った「世紀の嵐」と呼ばれる「ローター」がベルサイユ宮殿の庭園を破壊し、王妃の木立でも合わせて53本の木が倒れた。その後、長年にわたる資金集めと調査を経て、2年間の修復工事が行われ、2021年夏、再び王妃の木立が公開された。マリー・アントワネットの時代と同じ豊富な樹種が忠実に再現されている。
王妃の木立を歩いていると、当時に戻ったような気持ちになる。博物学者たちが船に乗り込み、希少な種を探す冒険に出ていた時代だ。王妃の木立には、そうした努力の成果が植えられている。貴重な植物のコレクションには、18世紀の時代精神が凝縮されている。
「王妃の木立はベルサイユ宮殿の中でもユニークな存在です」と、修復工事の監督を務めた庭園運営責任者のベロニク・シャンピーニ氏は語る。「当時、英国の風景式庭園を参考にするという新たな流れは、ベルサイユ宮殿のスタイルとは一線を画していました。マリー・アントワネットはこの庭園に魅了されました。自然界との情緒的なつながりを生み出すデザインで、ルソーの哲学や人と自然の関係についての新しい考え方がベースになっています。ベルサイユ宮殿にそれまで存在しなかった、植物を楽しむための木立です」