自宅に届くボックスには毎回、異なる3種類の豆が梱包されてくる

「提供したいのはコーヒーのあるライフスタイル」

品ぞろえの充実を図りながらも、下村さんは「提供したいのはコーヒー豆じゃなくて、コーヒーのあるライフスタイルです」と話す。この「ライフスタイル」という言葉、下村さんが取材中に何度も口にしたキーワードでもある。

「当社は『ライフスタイルを進化させる』というビジョンを持っています。おいしいコーヒーをみんなの生活に浸透させて、ライフスタイルを豊かにしてもらいたい。この『おいしさ』は風味だけじゃなく、豆を選んだり自分で上手に淹れたりする体験から生まれるものだと思います」

「暮らしの中のコーヒー」という視点を常に強く意識してきた。サイトに並ぶ豆の説明文の冒頭には、こんな生活シーンにお薦め、という一言を必ず添える。このあたりのこだわりは、創業に至るまでの下村さんの体験に根ざしている。

1982年生まれの下村さんはもともとウェブエンジニアだった。東京・渋谷にウェブデザインとシステム開発を手掛けるスタジオを設立。缶コーヒーばかり飲む「自称コーヒー好き」だったが、会社近くのカフェでスペシャルティコーヒーのおいしさにはまり、エスプレッソマシンを個人輸入するほどの愛好家に変じた。

2013年には渋谷区のオフィスを改装してカフェを開店。そこで痛感したのが、「ほとんどのお客がおいしいコーヒーを知らない」「リアルのカフェでは商圏が狭すぎる」という2つの現実だった。

「自分自身、コーヒーを淹れたり飲んだりする時間がライフスタイルの一部になって、生活がものすごく豊かになったと実感しました。それで自分がおいしいと思うコーヒーをお店で出したら、多くのお客さんが『こんなの今まで飲んだことない』と喜んでくれたんです。ああ、みんな普段は何気なく飲んでいるんだ、もったいないな、と。もっとおもしろいコーヒーがあるよ、おいしい体験があるよ、と教えてあげたくなりました」

元来、自分が「これはいい」と思ったものを他人と共有したい「教えたがり」なのだそうだ。

「でも、ネットの世界に比べると実店舗は影響を及ぼせる商圏があまりに狭い。ネットを使ってイノベーションを起こせないか、と考えて思いついたのがサブスクでした」

異業種参入組ならではの発想だろう。ただ、単なるネット通販なら珍しくもなんともない。なぜサブスクだったのか。

「おいしいコーヒーを1回飲んだだけでは、その体験は定着しません。継続的に淹れたり飲んだりすることで、コーヒーがライフスタイルに浸透するんです。当時、誰も手をつけていなかったので、ならば自分でやってしまおうと18年9月にポストコーヒーを創業し、後にサブスクのβ版を立ち上げました」

世界各国の豆の中から自分好みの味を探す体験を、下村さんは「コーヒージャーニー」と表現する。もっとも、選択肢が多すぎると知識のない利用者は迷いが深くなり、苦痛を感じてしまう。その点を補うのがコーヒー診断だ。顧客の嗜好の範囲に見当をつけて、その枠内にある豆を提供し、当人にピッタリの味へと導く。こんな「ディレクション」の助けがあれば顧客は安心してジャーニーを満喫できる。

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「あなたの気づかない好みを一緒に探しましょう」