生鮮市場で水炊き調理 相性を証明

まずミツカンの開発陣が取り組んだのは、ぽん酢特有の味わいや成分の分析だ。かんきつ系の果汁、それに合わせる食酢、しょうゆといった、主な原材料を研究し、鮮度を保ちながら品質を劣化させないバランスを探し求めた。

ようやく様々な課題を乗り越えて、64年11月、「ぽん酢<味つけ>」をぽん酢文化圏にある関西地区で売り出した。関西では「完全味つけ 旭ポンズ」の旭食品(大阪府八尾市)が有名だ。同社のウェブサイトによると、66年にぽん酢の研究開発に乗り出し、67年に発売したとあるので、家庭向けのぽん酢商品ではミツカンが先んじた格好だ。

関西での手応えを受けて、ミツカンは67年からは「ミツカン味ぽん酢」の名称で全国販売に打って出た。同年に「味ぽん」の登録商標も申請している。

関西で売れ行きを伸ばしていた味ぽん酢の食べ方を知ってもらおうと、68年からはテレビCMで水炊きを紹介。「専門店の味をご家庭に」と、メニューも提案した。しかし、関東や東北などでは売れ行きが鈍かった。

ミツカンのMD本部商品企画部商品企画2課の掛田実穂さん

関東や東北で受けなかった理由は、鍋料理の食文化が関西と関東では違っていたからだったという。「関東では鍋といえば、だしがしょうゆ、もしくはみそで味付けされているのが一般的でした。水炊きの具材を、味付けぽん酢で食べるという発想は家庭では一般的ではなく、最初はなかなか浸透しなかったそうです」と掛田さんは解説する。

ミツカンは、江戸で「早ずし」(現在の握りずしの原型)が流行し始めた1804年に創業し、当時から江戸(東京)への販売・輸送網を持っていた。明治から戦前・戦後を通じても、食酢販売で全国を網羅してきた最大手だ。1968年当時も東京には多くの営業担当者がいて、高度経済成長下にあった都内や東日本を走り回っていた。

そんなミツカンの営業担当者らが新商品の「味ぽん酢」を広めるための情報発信ポイントに選んだのは、食のプロが集まる東京・築地市場だった。オート三輪に土鍋やコンロを積んで築地市場を足しげく訪れた。営業担当者が仕掛けたのは、プロ相手の試食会だった。

現地で水炊きを作り、それを市場関係者にぽん酢で食べてもらった。「試食販売がまだ一般的でない時期から、まずは市場関係者にぽん酢を味わってもらうことで浸透させようと考えたのです」(掛田さん)。

冬が最盛期のぽん酢だけに、寒い日に外気に触れる市場での「振る舞い鍋」は、立ちのぼる湯気が人を誘う格好の「客寄せツール」となっただろう。舌の肥えた市場関係者を通して、関東や東北でも「水炊き+ぽん酢」は徐々に広まっていった。

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焼肉、焼き魚へ広げた、ぽん酢の「出番」