妊娠前の健康管理「プレコンセプションケア」 企業も注目
そこで今、若い世代に妊娠・出産に備えた知識を提供するため「プレコンセプションケア」が注目されている。女性やカップルの妊娠前の健康管理を指す言葉で、12年に世界保健機関(WHO)が提唱した。企業でも社員にこの概念を伝える動きが出ている。
「不妊治療なしで欲しい時に子どもを授かるのが理想。早期に働きかけることで各自が準備できることがあるのではないか」――。東京海上日動火災保険は7月、主に全国の店舗の20~30代向けに、プレコンセプションケアのセミナーを開催した。
きっかけは数年前から全国の健康相談室に不妊治療に関する相談が目立つようになったことだ。治療で気分的に落ち込むなど、仕事との両立が難しいという内容だ。そうした事態を防ぐには何ができるか。考えた末、プレコンセプションケアに行き着いた。
国立成育医療研究センター・母性内科医師の荒田尚子さんが講師を務め、女性の栄養状態が妊娠や出産のトラブルにつながる点や、感染症の検査の必要性などを説明。参加者からは「知らなかった」との声が多くあがったという。
楽天グループでは20年度に30人ほどの社員を集め、プレコンセプションケアのセミナーを行った。まず講師が女性の生理周期とパフォーマンスの関係など、男女の生物学的な違いや妊娠・出産について解説。その後、参加者に意見を求め議論する形をとった。だが「男女とも同じ会議室で性について話し合うこと自体が気まずい、という雰囲気になってしまった」(ウェルネス部)という。社員からの声で、女性は「生理や妊娠などの話は、職場でできない」と思い込み、男性には、対応の仕方がわからないといった戸惑いがあることもわかった。
そこで21年度はウェビナー形式で講師の講義をメインに開催。そのうえで「妊活でのパートナーとのコミュニケーションの取り方は」「男性が陥りがちな無理解の事例は」など、事前に匿名で集めた質問に講師が回答した。約400人が参加し、参加者の満足度も高まったという。

国立成育医療研究センターの荒田さんは「知識が足りないと適切な判断や行動ができない」と指摘。「性や健康に関する知識を身につけることは、キャリアとプライベートな生活の両立を自分で判断して組み立てることにつながる」と話している。

もちろん企業が社員の「産み時」に口出しはできないが、不妊治療と仕事の両立を支援する一般社団法人リプロキャリア(東京・港)代表理事の平陽子さんは「必要な知識を社員に早くから知ってもらい、30代、40代での個人の選択肢を広げることは大切」という。そのうえで、研修時には「体験談ではなくケーススタディーを採用するなどの配慮や、性に関する多様性の尊重が欠かせない」と強調する。
(川本和佳英)
[日本経済新聞朝刊2022年10月17日付]