熟成させた魚のお造り 目利きの大将、客の好みを知るこだわりの魚編③魚屋 小次朗

8品がそろう人気のコース
大切な人と一緒に行きたいお店を選べるサイト「大人のレストランガイド」から、安心して通える「行きつけにしたい店」をピックアップして紹介します。 

ビジネスパーソンの憩いの場として知られる東京・新橋の路地に店を構える「魚屋 小次朗」。大将の小林真之さんは、仕事中はもちろん、休日も、家にいるときもとにかく魚、魚、魚の人だ。「河岸に魚を仕入れにいってね、休みの日でも釣りでしょ。家では熱帯魚を飼っていますから」(笑)。魚への愛情が並々ならぬ小林さんは「よく『旬の魚は?』とか言うじゃないですか。自分は旬うんぬんではなくて、うまそうな顔をしているかどうかで買ってきます。いい魚は時期に関係なくいい魚なんです」と話す。そんな小林さんの目利きを頼りに魚好きが店に連日通ってくる。

新鮮な産地直送の魚を重視する派と、寝かせて魚のうまみを引き出す派がいるが、小林さんは後者。豊洲市場に通い詰め、ピンと来る魚を見つけると、例えばこのような具合で頭の中で計算を始める。「来週予約のお客さんの好みに合いそうだな。ちょうど4人だから、1本仕入れるとして、今から3日ほど寝かせておけばちょうどよい具合になるはず」。そこで仲買人に「この魚、取っておいて」と頼む。客が来店するころには狙い通り、熟成が進んでいる。あるいは買ってきた魚をさばいてみて、これは何日寝かせればいいのかと目星をつけ、真空パックなどで保存して客の来店を待つ。

包丁を握る大将の小林真之さん

なぜ熟成が進むとうまくなるのだろうか。一般的にはイノシン酸が増えることによってうまみが増すなどと言われるが、「自分はそこらへんの科学的にどうのこうのというのは全然興味がなくて。本当はもっと知らないといけないんでしょうけど」と頭をかきながら、「とにかく、うまければいいじゃん、という感覚。それと、ダメな魚は寝かせてもダメだけど、いい魚はうまくなるんですよ。どれぐらい寝かせたいいのかという見当はつきますから」(小林さん)。経験値のなせるわざなのだろう。

「もう15年ぐらい前ですかね。仲買人の女性の方で、ものすごい知識のある方と知り合ったんです。まだ豊洲ではなくて築地市場のころです。おっかない人でしたけど、どういう魚がいいのかとか、本当に欲しい魚を買うにはどうしたらいいのかとか、新鮮な魚はそれはそれでいいけど寝かせればもっとおいしくなるとか、全部教えてもらいました。5~6年前に病気で亡くなってしまったんですけど」。この女性との出会いによって、小林さんは「熟成」の奥深き世界に目覚めたのだという。

「良い魚」を河岸で仕入れる

新型コロナウイルスの影響もあったが、最近では「大変ありがたいことに、夜のお客さんは予約を入れていただいて。あまりお客さんの増減の波がない店で安定しているんです」(小林さん)。客数が読めるからこそ、河岸でよい魚を見つけたときにためらうことなく仕入れることができるという好循環が続いている。

「本日のお造り」「本日の煮付け」「本日の酒蒸し」といった具合に、品書きはシンプルだ。「お造りは外さないと思いますね。今日はこれがいいよとか、逆にこれはあまりよくないよとか正直に言っちゃいますけど(笑)。満足していただけると思います」(小林さん)。北の海の高級魚として知られるキンキの煮付けもおすすめ。「相当価格は抑えていますので、これはぜひ味わっていただきたいです」。また、品書きには載っていないが、予約のみ受付のコースもある。先付け、お造り、煮物、焼き魚、揚げ、酒蒸し、食事までで、「一通り食べるならコースのほうが安いです」。目安の単価は、食べて飲んで1万円でおつりが来るというイメージだ。

高級魚キンキ

最近はあまり行けていないというが、大将自ら釣ったヒラメやハゼが出されることもあるので、気になる人は尋ねてみるといいかもしれない。

小林さんは高校を卒業後、日本を代表する老舗料亭であるなだ万で修業を開始。3つの店で計13年勤めた後、東京・虎ノ門で開業した。

魚を焼く小林さん

現在の新橋の店はもともとふぐを出す店だったが、閉店後に縁あって小林さんが入ることになり、虎ノ門から移ってきた。魚に関わる仕事を始めてから20数年たったが、魚の目利きとともにコミュニケーションを大切にしている。毎日のように豊洲市場に出向き、特に買わなくてもそこで働く人たちと顔を合わせて人間関係をつくる。「ちゃんと関係があれば、自分が買いそうな魚は取っておいてくれたりもするし、例えばブリがほしいんだけど見つからないというようなときは、ありそうなところに連絡をして探してくれたりもするんです。だから、困ることはないです」と言い切る。

客に対しても同様だ。「お客さんの顔を思い浮かべながら、あの人が好きだから(河岸で)あの魚を探そうとか、あの人は脂が好きだからこっちを出そうとか、そんなもんです。やっぱり大切なのはコミュニケーションです」と言って小林さんは笑顔を見せた。

(グルメクラブ編集長 桜井陽) 

記事内での紹介店

魚屋 小次朗(東京都港区)
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