
スペイン北部の海岸にあるアルディネス山塊には石灰岩の洞窟が多い。1968年の春、アルタミラ洞窟やエル・カスティージョ洞窟など、世界的に有名な旧石器時代の洞窟壁画の遺跡から数キロメートルしか離れていないこの山塊で、若い洞窟探検家たちが新たな洞窟を発見した。
探検家一行は基本的な装備だけを身に着け、「ポズル・ラム」と地元で呼ばれる洞窟を探検していた。洞窟に入る途中、探検家一行は地下の泉に立ち寄ったが、1人が少し離れたところに迷い込んでしまった。
「壁画だ!」と、突然彼の叫び声が聞こえた。探検家たちが前に進むと、ランプの光が壁に描かれた動物の足をとらえた。考古学者ではなかったが、探検家たちはこの発見が重要であることを悟り、翌日に当局に知らせた。

洞窟発見後まもなく、発見メンバーの1人であるセレスティーノ・ティト・フェルナンデス・ブスティーリョが事故で亡くなったため、洞窟に彼の名前をつけることが決まった。数十年にわたる調査の結果、ティト・ブスティーリョ洞窟で発見された多くの壁画、彫刻、彫像は、ショーべ洞窟と並んで、ヨーロッパにおける人類最古の芸術表現のひとつであり、氷河期における主題と技法の変化を鮮やかに映し出していることが分かった。
最古の芸術
東西に伸びるティト・ブスティーリョ洞窟の長さは約480メートルだ。狭い通路が、広い「部屋」や高くそびえる岩の円天井と小さな空間をつないでいる。洞窟の壁一面に、先史時代の数千年にわたる絵と彫刻が施されている。

世界最古の洞窟壁画は、6万5000年以上前にスペインでネアンデルタール人によって描かれたものだ。ネアンデルタール人はその後、約4万年前に絶滅した。ティト・ブスティーリョ洞窟にある何百もの芸術作品はすべて現生人類であるホモ・サピエンスの作品で、最古の作品は約3万6000年前のものだ。芸術作品と工芸品の年代測定により、人類は2万6000年以上もこの洞窟で生活し、働き、創造していたことが明らかになった。
ティト・ブスティーリョ洞窟の入り口は西端にあったが、9500年前に地滑りによって塞がれ、その結果、人々はこの洞窟を出ていった(1968年の探検家一行は別の亀裂から入った)。現在の入り口は東端につくられ、来訪者はそこから中に入ることができる。
氷河期の傑作
ティト・ブスティーリョ洞窟の最初の発掘調査は、洞窟の本来の入り口付近にある「メインパネル」を中心に1971年に行われた。洞窟の最も大きな部屋の壁面であるメインパネルには、動物や記号がたくさん描かれたり彫られたりしている。専門家による長年の詳しい研究により、30頭のシカ、13頭のウマ、9頭のトナカイ、5頭のヤギ、4頭のバイソン、1頭のオーロックス(絶滅した野牛)のほか、多数の未確認の動物、線、標識が岩肌に描かれていることが分かった。