開発資金の大半は政府から

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。日本ユニシス社外取締役。

佐藤 製薬事業はハイリスク・ハイリターンビジネスです。製薬企業の立場からすれば「新たな変異ウイルスに対応するには新たなワクチンを開発しなければならず、それには膨大な時間と費用がかかる、だから利益をできるだけ多く確保しておきたい」というのが本音ではないでしょうか。

ユヌス もちろんそうでしょう。その論理はよくわかります。しかし、ファイザー、モデルナ、アストラゼネカに聞いてみてください。「その開発資金はどこから調達したんですか」と。開発資金の大半は政府から出ています。米国政府、英国政府からの補助金があったからこそ、開発できたのです。アストラゼネカのワクチンがオックスフォード大学で開発されたことからもわかるとおり、そもそもmRNAワクチンの基礎研究は国の補助金をもとに大学などで進められてきました。新たな変異ウイルスが出現すれば、また政府から補助金をうけとって、開発することになるでしょう。ところが製薬企業はあたかもすべての開発資金を自社でまかなったかのように、特許権の独り占めを主張しています。

私が考える究極の解決策をお伝えしましょうか。それは、利益至上主義の民間企業に政府の補助金を付与しないことです。民間セクターでなくても、ワクチンの開発はできるはずです。その資金を、政府が所有する社会的企業の設立や社会起業家への融資に使ったらどうでしょうか。そうすれば特許権の問題は解決できます。

利益至上主義の民間企業に補助金を出すから、このような問題がおこるのです。これは間違った政策です。

施しの構図ではワクチン格差は解決しない

佐藤 新型コロナウイルスのワクチンを分配する国際的枠組み「COVAXファシリティ」(以下、COVAX)の取り組みをどう評価していますか。COVAXは先進国と発展途上国のワクチン格差の解消に役立っているでしょうか。

ユヌス COVAXの提供するワクチンの数はあまりにも少なく、効果は限定的です。これがワクチン格差の問題を根本的に解決するとは思えません。発展途上国が「どうか私たちにワクチンを恵んでください」と言って援助を請い、豊かな先進国が「バングラデシュやカンボジアやネパールの皆さんのために少しだけ分けてあげましょう」と言って施す。これがCOVAXの本質的な構造です。しかし、発展途上国が「恵んでください」と施しをお願いするような仕組みでは、ワクチン格差の問題は解決しないのです。

先進国にとってCOVAXは慈善活動の一つにすぎません。COVAXにある程度のワクチンを拠出しておけば、先進国の政府は「これで我が国は国際社会の一員としての一定の義務を果たした」と安心することでしょう。ところがそれで安心している場合ではありません。なぜなら世界は少なくとも110億回分のワクチンを必要としているのですから。2021年、COVAXに供出される予定となっているのはたったの13億回分[注1]。発展途上国には90億回分以上のワクチンが必要とされています。13億回分では全然足りません。

ワクチンを大量に製造して、発展途上国に一日でも早くワクチンを提供しなければなりません。待っている猶予などありません。少しでも遅れれば、発展途上国で感染爆発がおこり、世界へと広がっていきます。COVAXに供与して終わりではないのです。

[注1]9月現在の予測では14億回分。

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唯一の解決方法は特許権放棄
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