
日本のイタリア料理店でもっと根付いてよいのではと思うものに、食前酒と食後酒がある。プロセッコなどの発泡性ワインは食前酒としても定着しつつあるが、イタリア料理の食後酒となると、グラッパ(ブドウの搾りかすを原料とする蒸留酒)ぐらいしか知られていないようである。今回は、薬草であるハーブやスパイスが使われたイタリアの食前酒・食後酒をご紹介しよう。
「食前酒といえば昔から『カンパリ』が知られていますが、うちはベルモットを置いています」と語るのは、「ヴィネリアヒラノ(vineria HIRANO)」(東京・渋谷)の店主、平野浩文さん。平野さんは1980年代、オープンキッチンを一躍ブームにした東京・原宿の「バスタパスタ」で、山田宏巳シェフらとともにサービスマンとして働いた。その後、別のイタリア料理店の開店に携わった後、原宿で12年間、ワインバーを経営。イタリアワイン専門ワインバーの先駆けとなった。
現在の「ヴィネリアヒラノ」は、1日1組予約限定でイタリア料理を作り、それに合わせたイタリアワインを出す。手作りのデザートと、デザートワインや食前・食後酒だけでも楽しめる。予算は料理のコースが8800円(サービス料10%別)からで、それに酒代がかかる。新型コロナウイルス禍以降は、ワインとの相性を考えた食材・総菜も販売する。

ワインについては、抜栓後、今では当たり前になった酸化防止のバキューム(真空化)の道具を使わない。抜栓後はボトルにコルクをして、ワインの自然の変化を楽しみながら数日間で飲みきるスタイルを貫く。ソムリエの資格はもたず、イタリアワインを料理や食べ物と合わせて楽しんできた自負が平野さんにそうさせている。希少ワインを抜栓するときは、SNS(交流サイト)などで告知して客を募る。
食前酒に飲むことが多いベルモットは、18世紀後半に北部のトリノで製造が始められた。ベルモットはワインをベースに、ハーブやスパイスをスピリッツ(蒸留酒)に浸漬(しんし)したエッセンスを混ぜ、砂糖や水を加えたものだ。
「ヴィネリアヒラノ」に置いてあるベルモットは2種類。1つはガンチアのベルモット・ロッソ(赤)で、ガンチアは創設から170年を超える老舗だ。ニガヨモギやオレンジの皮、シナモン、ビャクダン、クローブ、ナツメグ、キナの皮などを使っている。平野さんの店にあるのは60~70年代に流通していたベルモット・ロッソで、加糖のため劣化は少なく、古酒ならではのエレガントで繊細な香りがある。