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担当プロジェクトが開発途中で中止。失敗から得た大きな教訓

上司や会社の先輩に助言を求めながらゲームのリリースに向けて取り組むも、ついには「ビジネスとして成り立たない」と判断し、プロジェクトは中止に。だが、この経験から藤掛氏は様々な教訓を得たと語る。

「まず学んだのは、自分に足りない部分があるなら、どんどん詳しい方の力を借りるべきだということ。自分がやらないとそもそもプロジェクトが動かないので抱え込んでいたんです。もちろん自分でも相当に勉強しましたし、社内の先輩方にも相談はしていたのですが、さらに詳しい社外の方を巻き込めていなかった。何事も成し遂げるためには自分1人ではできないので、いろんな方の力を借りるべきだという根本の部分を痛感しました。

川崎ブレイブサンダースでは、YouTubeやSNSなどデジタルを強化し、チャンネル登録者数やフォロワー数を増やすことができましたが、まさにこの時の経験が生きています。本格的にYouTubeを稼働して1本目の動画を投稿したころに、HIKAKINさんやはじめしゃちょーさんらトップYouTuberが所属するUUUMさんにコラボレーションのご相談をしました。当時のチャンネル登録者数は1万人にも満たない頃ですから、我ながら無謀な突撃をしたなと思いますが、何度も提案を重ね、ついに1年越しの大願成就でUUUMバスケ部さんとのコラボにたどり着くことができました。

また、郷に入れば郷に従えという通り、YouTubeやTikTokなどで動画を見てもらうには、プラットフォーム特有の法則や空気感を理解する必要があります。TikTokを開設する際には、一番詳しい人にヒアリングしたいと考え、様々な人脈をたどってTikTokの運営会社自体とコミュニケーションをとりました。それが結果的にパートナーシップに結びついたのです」

年間売上50億円以上のゲームを統括するも、新天地でのチャレンジを決断

スマホゲームのいろはを身に付けるため、入社2年目の藤掛氏は既にリリースされているゲームを運営する部署へと異動を申し出る。異動先は、打って変わって40人以上のメンバーが在籍するチーム。当初は、ゲーム内で毎週のように開催されるイベントの1つを担当するプランナーを務めた。

「異動先では様々なことを学びましたが、一番はお客さんの反応を分析して改善に生かしていくこと。1年目のプロジェクトで気になっていたのは、ゲームをリリースできずに利用者の反応を見ることができなかったので、自分のやっていたことが本当に正しかったのか分からない状態だったことです。すでに楽しんでいただいている方がいるサービスであれば、ダイレクトにお客さんの反応や需要を見て分析することができます。調査や分析で問題を特定して解決するという流れを、超高速に回すことができる環境でした」

PDCAサイクルを回しながら着実に成果を上げた藤掛氏は、そこから2年も経たない間にプランナーを取りまとめるリードプランナー、そしてゲームタイトル全体を統括するプロデューサーへと昇進。入社3年目で、年間売上高50億円以上のゲームを安定運営することに成功した。

入社1年目の経験を糧に、順調に仕事へと取り組む藤掛氏だったが、「3年目で転職を考えた」という。

「やっぱり、新規事業に携わりたいという思いが強かったんです。1年目の失敗がよぎるよりも、逆にリベンジしたい気持ちの方が強くて。ただ、どの道を選ぶのかには非常に悩みました。当初は社外への転職を考えていたのですが、社内で新規プロスポーツ事業の立ち上げ検討の噂を聞いたんです」

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外資系コンサルの内定を断り、川崎ブレイブサンダースへ