日経ナショナル ジオグラフィック社

貴重な写本の保全

19世紀末、トンブクトゥはフランスの植民地支配を受けた。1960年に独立を勝ち取った直後、新たに誕生したマリ共和国は、アーメド・ババ研究所を設立して、失われたトンブクトゥの写本を探し出し、それらを保存する作業に取り掛かった。研究所の名は、16世紀にトンブクトゥがモロッコの手に落ちた際、モロッコのマラケシュでとらわれの身となった著名な学者アーメド・ババ・アル・マスフィにちなんでいる。

1370年代に地図製作者アブラハム・クレスケスが作成したカタロニア地図。トンブクトゥとその住民に関する詳細な情報が書き込まれている(BIBLIOTHÈQUE NATIONAL, PARIS BRIDGEMAN/ACI)

ところが2012年に、新たな危機が訪れる。リビアのムアンマル・カダフィ大佐の死後、その武器を手に入れたイスラム武装勢力がマリ北部を一夜で制圧し、トンブクトゥは混乱に陥った。町の文化遺産とともに大量の写本が破壊されることを恐れた町の人々は、貴重な写本を町から移動させた。

9カ月の間に、トンブクトゥとその周辺にある45カ所の図書館から35万冊の写本が運び出され、マリの首都バマコや、町の中に隠された。2013年にイスラム武装勢力は倒されたが、その残党はトンブクトゥを逃げ出す際に、アーメド・ババ研究所に火を放った。幸い、ほとんどの写本は既に持ち出された後だった。

現在、救出された写本は、政情不安に直面しながらも将来へ残すための保全努力が続けられている。しかし、トンブクトゥの宝ともいうべき書物が実際にどれくらいあったのかは不明であり、それらの行方を探す作業はまだ終わっていない。

預言に関する15世紀の論文。トンブクトゥ出身の学者イシュマエル・ディアディ・ハイダラのコレクションに含まれていたもの(XAVIER ROSSI/GETTY IMAGES)

本記事の一部は、A・R・ウィリアムズ編『Lost Cities, Ancient Tombs(失われた町、古代の墓)』(未邦訳)からの抜粋です(Copyright © 2021 by National Geographic Partners. Reprinted by permission of National Geographic Partners)

(文 EDITORS OF NATIONAL GEOGRAPHIC、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年5月7日付]