「知の宝庫」を守れ 北アフリカの小さな「書物」の町 

ナショナルジオグラフィック日本版

16世紀に書かれたイスラム教の書物(HORST FRIEDRICHS/ALAMY)

アフリカ大陸北西部、サハラ砂漠のはずれに位置するマリ共和国に、かつて黄金の交易で栄えたトンブクトゥという町がある。その名を聞いて、ある人は失われた町に隠された財宝というロマンチックなイメージを思い浮かべるかもしれない。しかし、トンブクトゥの本当の富は、黄金ではなくその豊かな歴史のなかに隠されている。

トンブクトゥが栄華を極めた15~16世紀、町は5万~10万人の人口を抱え、通りは行き交う商人やラクダでにぎわっていた。町の外には、交易キャラバンが何キロにもわたって列をなしていた。

14世紀にマリ皇帝マンサ・ムーサによって建てられた泥レンガのモスク。トンブクトゥに残る最古の建造物だ。町の大学に属する3つのモスクのうちの1つで、長年の間学問の場として崇拝されてきた(FRANS LEMMENS/ALAMY)

トンブクトゥが莫大な富を築いたのは、サハラ砂漠を渡るキャラバンのルートとニジェール川という二大交易路が交わる地点に位置していたためだ。商人たちは、はるか遠くのグラナダ、カイロ、メッカから衣服や香辛料、塩を運び、黄金、象牙、アフリカ内陸部出身の奴隷と交換した。

その富のおかげでトンブクトゥは、商業の中心地としてだけでなく知の中心地としても発展を遂げた。町には巨大なモスクが建てられ、学者たちが各地から集まった。彼らは学会を作り、地中海地方やアラビアと北アフリカを結ぶ交易路を通じてイスラム世界から大量の書物を取り寄せた。

裕福な家は、集めた書物の数がその地位の高さを表すとして、地元の筆写者に装飾を施した写本を作らせた。また、大規模な図書館を築き、宗教、芸術、数学、医学、天文学、歴史、地理、文化などの蔵書を所有した。

町の創立

トンブクトゥの起源は、西暦1100年代に遡る。アフリカ北西部の遊牧民族トゥアレグ族が、ニジェール川の近くに季節的な野営地を置いたのが始まりだという。野営地は、それから数百年かけて町へと発展していった。

それより以前、西暦700~800年にかけて、イスラム世界の商人たちは、交易とともに北アフリカへイスラム教を広めた。商人はやがてトンブクトゥにも到達し、人々はイスラム教信仰を受け入れた。

保全作業を施されたトンブクトゥの写本。(CPA MEDIA PTE LTD/ALAMY)
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マリ帝国の誕生