中西教授は「今回の発見ではより悪さをする炎症性の高いタイプの老化細胞の正体が明らかになっただけでなく、臨床ですでに患者に使っている免疫チェックポイント阻害薬が効果的な老化細胞除去薬になり得るということが重要なポイント」と語る。実際、老齢マウスに免疫チェックポイント阻害薬を投与したところ、肺、肝臓、腎臓においてPD-L1老化細胞が減少。さらに、握力が改善したり、肝臓内の脂肪蓄積が減ったりするといった若返り現象が見られたという。
癌細胞は増殖スピードが速いため、短期間のうちに頻回投与し、徹底的にたたく必要がある。「一方、老化細胞は増殖しない。癌治療とは異なり、数カ月の勝負で減らさなくてはいけないものではない。余計にたまりすぎた分だけを減らせば、組織や臓器の機能を十分に取り戻せる可能性が高い。つまり、老化細胞除去薬として使う場合は本当に悪い老化細胞だけをターゲットにして少量ずつ5年ぐらいかけて投与すれば良く、薬の使用量も少なく済み、副作用を伴うことなく、70代の人が50代レベルの体の機能を取り戻すことが可能になるかもしれない」(中西教授)。
老化細胞除去薬の臨床治験対象として中西教授が想定する疾患の一つは、慢性腎臓病だという。「慢性腎臓病には有効な治療薬がなく、腎不全になると人工透析しか手段がないのが現状。ろ過や再吸収という大切な役割を持つ尿細管上皮に老化細胞がたまりやすいことを確認しており、腎機能が低下してきた人に老化細胞除去薬を投与することによって人工透析への移行を抑制できないかと考えている」(中西教授)。
紫外線の浴びすぎや過度な運動に注意
老化細胞除去薬の開発が待たれるが、一方で私たちがなるべく体内で老化細胞がたまらないよう心がけられることはあるのだろうか。「酸化ストレスや放射線などにより、細胞のDNAに傷がつき、老化細胞が発生することが分かっている。たばこは肺胞での老化細胞増加を促進するので禁煙は必須。また、深いシワができるほど皮膚老化を進める過剰な紫外線も避けたい。軽い運動は呼吸器・心肺の機能を高めて健康に有用だが、過剰な運動は活性酸素を増やしてしまう。ストイックにマラソンやジム通いをすると、どうしても適度なレベルから過度になりがちなので、頑張りすぎに注意したい」(中西教授)。
肥満も慢性炎症を引き起こし、老化細胞が増える要因になるため、適度な体重を保つことも大切だ。老化細胞の除去を目的とする食品成分の研究も複数進行している。例えば、タマネギやリンゴに含まれるポリフェノールのケルセチンはすでに抗癌剤として使用されている「ダサニチブ」という薬との併用によって生体内から老化細胞を除去する可能性があるという[4]。また、イチゴやブドウ、タマネギに含まれるフィセチンというポリフェノールも老化細胞除去活性を持つ候補として研究が行われている[5]。
「身体や脳、空間や時間といったさまざまな制約から人々が解放された社会を実現すること」を目標として日本医療研究開発機構(AMED)が推進する国家プロジェクト「ムーンショット型研究開発事業」で、中西教授は「炎症誘発細胞除去による100歳を目指した健康寿命延伸医療の実現」というプログラムのマネジャーを務めている(図表5)。
「長寿を素直に喜べない人も多い背後には、老化に伴う健康リスクへの不安がある。老化はどうしようもなく避けられないものという認識を老化細胞除去により覆すことができれば、本当の意味で長寿を喜び楽しめる社会になるはずだ」と中西教授は話す。科学の進歩が老いの不安を払拭してくれる社会が現実のものになるかもしれない。

(ライター 柳本操、イラスト 三弓素青)
東京大学医科学研究所副所長・癌防御シグナル分野教授。名古屋市立大学医学部卒業。同大大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。国立長寿医療研究センター老年病研究部長室、名古屋市立大学大学院医学研究科基礎医科学講座細胞生化学分野教授などを経て現職。老化細胞と個体の老化制御、加齢に伴う癌発症の解明を専門に研究する。
[1]Cell Metab. 2020 Nov 3;32(5):814-828.e6.
[2]Science. 2021 Jan 15;371(6526):265-270.
[3]Nature.2022 Nov;611(7935):358-364.
[4]EBioMedicine. 2022 Mar;77:103912.
[5]EBioMedicine.2018 Oct;36:18-28.
(おわり)