細胞全体に占める割合こそ少ないが、老化細胞は蓄積すると私たちの体にダメージを及ぼす。「問題なのは老化細胞がSASP(senescence-associated secretory phenotype=細胞老化関連分泌現象)を起こし、炎症性の生理活性物質を分泌すること。SASPが持続的な慢性炎症を起こすと、老化細胞周囲の組織や臓器に機能低下をもたらし、動脈硬化、糖尿病、慢性腎不全、癌、アルツハイマー病といった老化に伴い増える疾患、いわゆる老年病のリスクを高める。そこで、現在、老化細胞を生体内から除去する老化細胞除去薬(セノリティクス)の研究が世界中で行われている」(中西教授)(図表2)。

悪玉の老化細胞を特定 既存薬で除去の可能性も
老化細胞の蓄積が老化や老年病発症を促す要因の一つであるということは分かってきたが、老化細胞は多種多様であり、体内のどこにあるのか、性質はどうなのかははっきりしていなかったという。中西教授はいくつもの実験を経て、老化細胞が生き残るにはGLS1(グルタミナーゼ1)というアミノ酸のグルタミンをグルタミン酸に変える酵素が重要な役割を果たしていることを発見[2]。この酵素がヒトの皮膚でも加齢とともに増えていることを確認した(図表3)。

そこで、老齢マウスにGLS1の働きをブロックする「GLS1阻害薬」を投与したところ、各臓器や組織で老化細胞の除去が確認でき、加齢によって生じるさまざまな臓器や組織の機能低下が顕著に改善した。具体的には腎機能の低下、肺の線維化、肝臓の炎症、動脈硬化が抑えられた。また、GLS1阻害薬を与えたマウスを棒にぶら下げたところ、老齢マウスでは平均30秒ほどで棒から落ちるのに対し、投与群では平均100秒ほどぶら下がることができるようになった。
「ヒトでいえば、握力が70~80代から40~50代に若返ったようなもの。筋肉にも老化細胞が存在し、それが引き起こす炎症により、筋肉を作る筋芽細胞が増えなくなっている。そこに老化細胞を除去したことで、若返りが実現したのではないかと考えている」(中西教授)。
なお、GLS1阻害薬は現在、抗癌剤として米国で臨床試験中の薬だ。その薬が老化細胞の除去にも役立つかもしれないというわけだ。ただ、そもそも悪さをしていない老化細胞まで取り除く必要はないのかもしれない。過度な除去は副作用を招く恐れも拭い去れない。そこで、中西教授はさまざまな種類の老化細胞の中でも特に悪玉の老化細胞を探索。その結果、「PD-L1(Programmed death-ligand 1)老化細胞」がそれだと特定し、成果をNature誌で発表した[3]。
PD-L1はウイルスや癌と戦うT細胞の表面にくっつき、その機能を抑制するたんぱく質のこと。T細胞が敵と戦う勢いを持ったまま暴走して健康な器官などを攻撃しないように、ブレーキ役として働いており、血管内皮細胞やある種の免疫細胞などPD-L1を持つ細胞は体内に広く存在する。一方、賢い癌細胞はこの仕組みを巧妙に利用し、自分を攻撃しようとするT細胞にPD-L1をおびき寄せ、抑制シグナルを伝えて機能不全に陥らせようとする。そこで、癌を攻撃するT細胞にPD-L1が結合しないように作用するのが話題の抗癌薬「免疫チェックポイント阻害薬」だ。
そして、このPD-L1というたんぱく質を持った老化細胞のPD-L1老化細胞こそが、先に触れた老年病の原因となるSASPという炎症物質を大量にまき散らす悪玉老化細胞だと明らかにしたのが、中西教授らによる最新研究。悪玉老化細胞はPD-L1を使ってT細胞にくっついてその力を封じつつ、炎症物質をばらまく(図表4)。
研究により、老化細胞のうち10%程度がPD-L1老化細胞で、加齢とともに増加し、強い炎症性を示すことが分かった。もう一つの発見は悪玉老化細胞にもT細胞との結合を邪魔する抗癌薬「免疫チェックポイント阻害薬」が有効だということだ。
