中林一樹・東京都立大学名誉教授「住民の備えにつながる『被災』想定に」

東京都が首都直下地震の被害想定を見直すねらいについて、地震対策に詳しい中林一樹・東京都立大学名誉教授に聞きました。

――首都直下地震の被害想定を10年ぶりに見直すことになりました。

首都大学東京名誉教授 中林一樹氏

「前回の被害想定は2012年公表だ。その前は05年で、次は本来なら15年公表のはずだったが、東日本大震災が起きたので、新たな防災対策を展開しようと急きょ見直した。国の被害想定の公表は13年だから都は1年早く見直したことになる」

「このときは東京都が区部に最も影響を与える地震として東京湾北部地震、それに多摩直下地震を想定した。これは05年と同じだ。それに立川断層帯地震も検討した。東日本大震災では東京湾でも2㍍近い高さまで潮が上がったため、過去の東京湾の津波で最大と言われている元禄関東地震の津波の被害も検討した」

「その後、13年に国が被害想定を見直した際、東京湾北部は大正関東地震ですでに動いているのではないかという知見もあり、内閣府は首都直下地震で最も被害規模が大きくなる地震として、都心南部直下地震(港区、品川区直下)を想定した。都心直下の地震にはほかに都心東部直下地震(中央区直下)、都心西部直下地震(新宿区直下)もあるが、今回の東京都の被害想定は、国と同様、被害規模が最も大きくなる都心南部直下地震にしている」

「今回は東日本大震災の教訓として長周期地震動の被害想定も検討する。東日本大震災では都内のビル自体に大きな被害はなかったが、都庁でも屋上の貯水槽の水が非常階段を流れ落ちるなど、設備に被害が出た」

「津波の被害想定には島しょ部も入れることにした。南海トラフ巨大地震が東の端でも起きた場合、国の想定では新島の集落が水没する。津波の大きさは大正関東地震と元禄関東地震はほとんど差がない。大正の方が記録は残っているため、これも想定に加える。大正関東地震では相模湾で11㍍まで津波が駆け上がったとされている」

「島しょ部を一緒に考えると、首都直下地震では都心から島しょ部への応援は難しいことがわかる。逆に島の人たちに助けてもらうことになるかもしれない。南海トラフのときは長周期地震動などの影響はあるが、都心から島に応援を出せる。地震によって支援のあり方が変わってくることを島の人たちには理解してもらいたい」

――10月には千葉県北西部を震源に首都圏で東日本大震災以来の震度5強を観測する地震が起きるなど、首都圏で地震が増えています。

「あの地震は広義の首都直下地震で、東日本大震災に関連する地震といってよいと思う。茨城沖や福島沖でも東日本大震災に関連する地震が起きている。今回は大きな被害はなかったが、鉄道が点検のために止まり、帰宅困難と翌日の出社困難という状況が発生した。被害が直接的に出ていなくても、運休が続くことによる社会的影響は非常に大きい」

鉄道が止まり、駅前にあふれる利用者(10月8日、埼玉県川口市)

「この10年で、都心部はタワーマンションが増え、人口も増えている。東京五輪もあり、建物の建て替えも進んだ。東京全体では古い建物が取り壊されて建物の大規模化が進み、建物の棟数は減っているので、確実に建物の被害量は減るだろう。区部は建物は減り、人口は増えているが、高齢化も進展している。こうした社会状況の変化が被害状況、被災状況にどのような影響をもたらすかだ」

「定量的にみれば、建物の全壊や焼失は減り、安全になったとはいえる。ただ安全になったからといって皆が備えをしなければ、社会経済活動の混乱は大きくなる。物流が途絶えて物不足の状況が1週間は続く。我が家は大丈夫でも地域が被災する影響は大きい。それを首都圏に住む人は自分事としてとらえ、共有していかなければならない。これをきちんと伝えられるかが、今回の被害想定の大きな課題だと私は考えている」

「例えば、タワーマンションは倒れず安全だ。ただ停電や断水になり、エレベーターが止まると避難所に行こうという人が出てくる。しかし、避難所にタワーマンションの人を収容する余裕はない。避難所は家が壊れて住めなくなった人たちを収容する場所で、家が壊れていない人が来ることは想定していないためだ。タワーマンションの人たちは在宅で避難し、食料や水を1週間分は用意することになっている。地上に降りて救助や復旧の妨げになるようなことは避けてほしいということだ」

「住民に自分事として考えてもらうために、建物倒壊などの数を定量的に想定するだけでなく、社会生活や経済活動にどのような影響を及ぼすのか、定性的に考えることにも踏み込みたい。国が13年の被害想定で出したように、どのような対策をとれば、被害をどれだけ減らせるのかという対策の被害軽減効果だ。耐震化が現状よりあと5%進んだらどのくらい被害が減るのか、各家庭がどのくらい備蓄をしたら混乱がどれくらい減るのかなどの効果も定量的、定性的に想定する。被害想定だけでなく、『被災想定』にも力を入れ、『被害は出なくても被災はする』ということを都民にしっかり受け止めてもらいたい」

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