
日本語には「断腸の思い」「腹の虫がおさまらない」など、腸が脳という離れた臓器と感情を共有していることを示す表現が多い。今、腸の状態が脳に影響を及ぼし、健康状態も左右することが科学的に解明されつつあるが、私たちは脳腸相関の重要性を経験で知っていたのかもしれない(図表1)。
脳腸相関は多くの人の「腑(ふ)に落ちる」ためか、人で行った臨床試験の結果を根拠にした機能性表示食品でヒット商品も生まれている。腸を介する仕組みで精神的ストレスや睡眠の質を改善するという乳酸菌飲料などだ。日常的な不調にとどまらず、自閉症や鬱病をはじめ脳に関わる病気と腸の関連の研究も進行中だ。「腸内細菌が作った物質などが脳に影響を与えるルートが存在することが少しずつ発見されている」と佐治氏は指摘する。佐治氏は現代人のヘルシーエイジングにとって最大のリスクの1つである認知症と腸の関係を研究中だ。

腸内細菌が作った代謝産物 認知症リスクを左右
認知症は記憶力や認知機能の低下により、日常生活全般に困難が生じる病気。加齢に伴い患者数が増加する。その中で最も多くを占めるのが、脳神経が変性し、脳の一部が萎縮するアルツハイマー病だ。この病気と腸内細菌叢の相関を見た研究が多く発表されている。例えば、アルツハイマー病患者25人(平均年齢71歳)と健康な同年代の25人(平均年齢69歳)の腸内細菌叢を解析した米国の研究では、アルツハイマー病患者は腸内細菌の多様性(菌の種類の豊富さ)が乏しく、乳酸菌とビフィズス菌を含む腸内細菌叢の割合が減少していた[1]。
佐治氏が107人の患者を対象に腸内細菌が作った代謝産物を測定すると、複数の代謝産物の中でもアンモニア濃度が認知症リスクを最も高くしている一方、最もリスクを低くしていたのは乳酸濃度だった。具体的にはアンモニア濃度が1標準偏差(SD)上がると認知症リスクは1.6倍に高まり、乳酸濃度が1上がると認知症リスクは0.3倍に抑えられた[2](図表2)。
「血中アンモニア濃度が高くなると、認知障害やアルツハイマー病のリスクが高まるとか、便中アンモニア濃度は自閉症の子どもで高いといった研究もある。乳酸が腸内で増えているということは、これを作る乳酸菌やビフィズス菌などの有用菌が元気な状態だと考えられる」(佐治氏)。
